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届かぬ葉に乗せたるキモチ   4

そんなこんなでバレンタイン当日。
どことなく緊張感漂う雰囲気とため息交じりの声が聞こえてきそうな休日である。
休日だというのに慶之に特にすることはなく、ただひたすらぼーっとするのであった。
天気は皆の恋路を祝福するかのような雲ひとつ無い絶好のデート日和なのだが、それすらも見たくなかった。自分の寂しさに追い討ちを掛けられるような気がしてならないからだ。
昨日の学校は凄まじかった。それこそ女の醜い争いとはああいったものを指すのだろう。
我先にと駆け寄ってはチョコを目の前に差し出すという光景も流石に毎年やられると見慣れたもので、それをまた断るのだから当然もらえない男性評価はがた落ちであって。
慶之は義理人情で相手からチョコをもらうことはしない。
欲しいのはひとつだから。しかし、だ。
「今年は無理でしょうね・・」
苦笑。晴れてなければいいのに。そんなことを思ってしまうぐらいだ。
「よ~しちゃん?」
ぎぃっと軋んだ音を立ててはいってきたのはツインテールを揺らすくいなだ。
にっこりとどこか飛鳥めいた笑みを浮かべ、慶之の部屋に入ってきた。
「どうしたんです?くいな」
「バレンタインいる??」
「いりません」
その問いに笑顔で応じる。いや、笑顔で有無を言わせないの方が正しい。
去年世にも珍しい物体を手作りチョコレートと言い張った彼女だ。もちろん慶之は食べなかったが無理やり食べさせられたシオンがどうなったかは言うまでもないだろう。
精霊であそこまで被害を食らうのだから生身の人間がと思うと殺人どころか魂までもが消滅させられそうだった。
それに。
「チョコをもらう予定なんてありませんしね」
小さな声でつぶやくのだった。くいなには聞こえないようにそっと。
「え~!!せっかく実験になって欲しかったのに・・」
背中に隠していた箱をぱっと開けると中からはほぼ墨といっても過言でない物体Xが現れた。人が・・食べていいものなのだろうか。医大生としてその辺は調べてみたい気がするも下手な橋は渡らないほうがいい。
「そう、あすちゃんが呼んでるの~って言いにきたのよっ」
部屋で待ってるってさ~とくいなは言う。そして独り言のようにつなげる。
「今年はよしちゃんだってチョコもらえないんだからね~」
くいなの明るい声にも関わらずそれは慶之の胸にずしりと来るものだった。
「静ちゃん今年は本命にしかチョコ作ってないんだってさ~」
「そうなんですか」
間発入れずに答えてしまった。その声は普段慶之が発している声とは程遠く冷たく、二つ名の物だった。
「よしちゃん?」
「なんでもありません」
そういって足早に飛鳥の部屋へと通じる階段を上った。下で案じるようなくいなの視線を感じるも振り返ることは無かった。後ろからじーっという音がする。しかし、それすらもどうだってよい。

――――なんでもない?
そんなわけないじゃないか・・。

by vrougev | 2006-02-13 00:40 | キセツモノ