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届かぬ葉に乗せたるキモチ   5

「飛鳥、何のようですか」
その声はいつもの慶之ではない気がした。いや、実際無かったのであろう。一瞬だが飛鳥が表情を変えたのだから。
「いや、どうしてるかなと思ったわけだ」
慶之と違い飛鳥はいつもどおりの笑みを浮かべている。その言葉にぴくりと慶之が動いた。
「別にどうもしてませんよ?」
「これ・・なんだと思うか」
慶之の言葉をさえぎって出されたのはピンクの紙袋。小ぶりなそれに何が入っているかなんて想像することは楽だった。何故なら今日は何の日かということにつながるから。
「飛鳥・・甘いものは苦手なんじゃなかったんですか?」
また相手の心だけ奪って尽くさないつもりで・・。とため息混じりに言おうとしたときだった。予想もしなかった答えが返ってくる。
「俺のじゃねぇよ、伊妻のだ」
「・・・もらったんですか?」
ただでさえ寒い冬に更に一層体感温度が落ちた気がした。いや、気ではない。
確実に下がった。確信が持てるのは慶之という存在だからだ。
「いや、調理場にあったのをとってきた」
「で、それを僕に見せてどうしようというのです?」
そこで飛鳥は微笑んだ。慶之とはまた正反対のにやりとした悪魔の微笑み。
「ほしいんじゃないのか?」
たった一つの静羽のチョコレート。本命の相手こそ気になるものの他人の想いを踏みにじるようなものだ。今日それがなくって困っているのかもしれないのに。
「いると思いますか?」
「あぁ。今のお前ならな」
部屋の中は極寒といっていいほどだった。にこやかな微笑などどこに消えたものか。
吐く息は室内だというのに真っ白で、コップに入った水は完全なまでに凍っている。
どこかから聞こえるじー、という音が五月蝿く感じる。小さな音のはずなのに、と知りもしないが思う。そして・・無表情の本人は静かに言い放つのだった。
「いい加減にしてください。本人からもらわずにもらって何になるんですか」
そしてばんっと机を叩いた。と瞬時に机が氷の塊と化す。そして、無表情というよりにらむような顔で慶之は飛鳥を真正面から見た。
「僕が欲しいのは・・静羽さんから直接です。本人に返してください」
そういうときびすを返し、部屋の外へ出ようと扉へと向かった。
「奪おうとかは思わないのか」
それこそ意地悪な質問だ。しかし、それを答えるときの慶之の顔はいつもの慶之の顔に戻っていた。
「そんなことしたら静羽さんが悲しむでしょう?」
苦笑満ちたあきらめの顔。そんな表情を残し彼は外へと出て行った。

「・・・・ということだ」
「結果は見えているだろ?」と飛鳥は一人の部屋でつぶやく。
「・・はい」
すっかり凍った部屋の中で飛鳥以外声がした。小さな、照れているような声。
手にはピンクの紙袋を持って。

by vrougev | 2006-02-14 01:01 | キセツモノ