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届かぬ葉に乗せたるキモチ   6

一人になりたくて慶之が入ったリビングは誰もいなくて一人椅子にもたれる。
慶之にしては珍しくどかっと半ばやけに背もたれにもたれかかる。
そっか・・。
視界が晴れたような思いだった。悲しいものの幸せへの門出である。
彼女には好きな人がいる。それは自然の摂理というものだ。
慶之にどうこうできるものではない。ならば、慶之は祈ろう。
彼女をどうか幸せに―――。
「慶之さんっ!!」
ぱたぱたという足音と共に部屋にはいってきたのは本人。そう、静羽だ。腕の中には飛鳥から返されたのかピンクの袋が抱かれていた。
「静羽さん。チョコレート渡してこないと今日が終わってしまいますよ」
いつも通りの笑顔で、言葉で。彼女に心配をかけてはいけない。
でも、
僕が言いたいのはこんなことではないのに。
「違う。私が言いたいのはそんなことじゃない・・」
伏せた目彼女のにはかすかな涙が浮かんでいた。そして、それはみるみる内に溢れ、頬をつぅっと流れ落ちた。その出来事にぎょっとし慌てふためく。
「えっ、あっ。静羽さん、どうして泣いてるんですか!?」
おろおろとそばに駆け寄る慶之に、かすかな声で何かを訴える静羽の声は聞き取れない。
「・・・静羽さん?」
「・・・・・・んですか?」
静羽は顔を上げる。その顔には涙の痕と訴えるような瞳。まっすぐ目の前から見られ目が逸らせなくなる。そんな目で見られたら・・あきらめだってつかなくなるのに。
「私の好きな人が別だって何で思うんですか?」
「え?」
更に変な声を上げてしまった慶之は目を丸くして静羽を見た。
その顔は再び伏せっているが、先ほどには無かった恥じらいの赤みを帯びている。
こちらを見ず、胸にしっかりと抱いていた袋を押し付けるように慶之の手の中に置いた。
冷え切った場所だが、それだけに彼女の暖かさが残っていてほんわかやさしい気持ちになる。
「静羽さん・・僕のこと、嫌いなんじゃなかったんですか?」
それが最大の謎だ。ずっと避けられていたと思っていたのに・・。
「人の寝込みを襲われたら誰だって怖いです」
・・・・そりゃそうだ。納得して、そのまま黙ってしまう慶之に静羽はなおも語り続ける。
「だけど・・最近逆に避けられている気がして・・今日だってそうだし・・私どうしようかと思って・・・」
そのまま再び涙を流し始める静羽が目の前にいた。
葉は届かなかったのではない。どこかで春風が配達を忘れたのだろう。
遅くなったが来た訳だ。なら僕は風を許そう。
「静羽さん」
短く名前だけを呼ぶ。ばっと顔をあげた静羽は泣いたせいですっかり目が赤くなっている。
それがまた可愛らしくて慶之はそっとその涙伝った頬に触れる。一瞬びくっと震え、目を一時前の慶之のように丸くなった。自分の顔にふっと笑みが浮かぶのが分かる。
なんともいえない。優しい、満ち足りたキモチ。
その思いに耐えられなくなり、彼女に顔を近づける。彼女の目が更に大きく見開かれたが、それもまた時の一瞬。すぐにそれは微笑みに変わった。
慶之の好きなあの笑み。
少女は目を閉じる。体重をそのまま移動させ、今まさに触れようとした。
あと数センチ。

「カーット!!!」
突然の大声。静かだった風景が一転がやがやと音が賑わい始める。
「なっ・・・」
あまりの驚きに声すら上げられず口をぱくぱくとさせる慶之の前に現れたのはフェンリル。
そして、声を上げたのは扉の前に立っているくいなだった。
「大切なところで邪魔しちゃってごめんねぇ~」
「悪いな」
そう二人は謝るもののその顔はにやついている。
「お疲れ様っと」
大ボス登場。そんな感じの雰囲気をかもし出す飛鳥はフェンリルから何かを受け取っている。手のひらに収まるほどの小さな珠。水色と紫のグラデーションの・・どこかで見たことあるような珠だ。先にそれが何か気がついたらしい静羽は顔を真っ青にしている。
「・・飛鳥さん・・それって・・・」
意地悪いのは飛鳥の特性。それこそにやりと笑っていった。
「あぁ、記録珠だ」
「!!!」
記録珠とは、簡単に言ってしまえばビデオカメラのようなもの。動画を撮影するもの。
ということは。
「ばっちしうつってるねぇ~♪よしにいかっこいぃ~」
「・・・これ・・どうするんですか?」
恐る恐る聞いてみる。飛鳥の不敵は笑いは止まらない。
「さぁな」
横にいる静羽を見た。その顔はあきらめにも似た笑みで慶之に向かって微笑んでいる。
やっぱり笑った顔が一番綺麗だ。
そしてくいなが高らかに言った。
「これで一件落着っとぉ♪」


後日、mysterious birdの新曲のプロモーションにこの映像が使われ、二人が頭を抱えることになるのだった。

届かぬ葉に乗せたるキモチ   Fin

by vrougev | 2006-02-15 01:32 | キセツモノ