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六話   雨、抱きて眠るを欲す   25

燃えていたものもやがて消えた。それは燃えるものが無くなったから消えたのか、それともこの雨によって消えたのかは分からない。ただ、飛鳥によって拘束を命じられた蔦は見事に燃え焼け落ち、地面には塵と灰の中ただ一人の男のみが打ち捨てられたかのように倒れていた。あの火中にいたのに衣服は燃えることも、煤が付いていることもなかった。
ただ、その瞼は固く閉じられていて、飛鳥曰く数日は開くことも無いだろうと言うことだ。しかし、横たわるカセドラルの顔には満足そうな笑みが浮かべられているのだ。とても穏やかで優しく、聖職者という職に似合うものであった。偽りなどない本心からの笑み。何に向かってのものなのかは分からない。ただあまりにも澄んだ表情に魅入ってしまったことは確かだった。それは夜闇ではない。寂しい涙の雨でもない。
丁度降り注ぎはじめた眩い朝日のである。

「ロー君の浮気ものぉ~」
「誰が、誰と」
と、こんな調子でそれ以来フィーリは俺のことを呼ぶ。数日もすれば元に戻るであろうから放っておくのだが。何が気に入らないのだか。
俺たちは未だ王宮にお世話になっている。あの後の後始末を手伝っているからである。カセドラルの負が消えたことにより国民の呪は解かれた。どうやら操られていたときの記憶はさっぱり抜け落ちているようだった。全てが元通り・・とはいかないもので外傷という名の代償が付いているが、不思議がるだけで特に追求されたりは今のところしてはいない。
「ロー君は僕のことをそんなに軽く扱っていたんだね!!」
「だから、何を」
女王は壊れた建物や道路を修復するために街の人々と共に頑張っている。勿論一般市民の前ではおしとやかで有能な女性を演じているようだ。
大地の支柱、紅末飛鳥は自分の仕事が終わった後さっさとこの地を後にした。気を失っているカセドラルを肩に背負い、意味深な言葉を残して。
「この司教、色々使えそうだな」
何をするのだかは俺の知ったことではないが・・大方雑用に使わせるのだと辺りを付ける。なるべくならあの男に関わりあいたくないと思うのは俺だけだろうか。どうも、手駒として扱われている感覚でしかない。
「ロー君、実験には付き合ってもらうからね!!」
びしぃっと指を向ける。それに向かってロジェは深くため息をついた。
「・・・分かった」
どうせ嫌だと言ったところで意味がないのだ。無理やりやらされるぐらいなら覚悟を決めたほうがいい。腹を括るのも剣士にとっては必要なことだと自らに暗示を掛けることにする。
「で、ロー君。これから何処に行く?」
「さぁな」
元から予定など決めていない旅だ。当てもなく彷徨い捜し求めるものを見つけるだけである。どれだけ掛かっても見つけなければならないものをロジェは背負っているのだから。
「赴くまま歩けばいいだけだ」
「だね♪」
そういってフィーリは足を組んで座っていた椅子から立った。その姿は旅装束、手には荷物。魔法使いとしての正装に近い姿のフィーリはにっこりと笑う。
「行こっか♪」
「・・・はぁ」
どうしてもため息しか生まれないロジェの手をフィーリは引っ張った。
そうして、二人は踏み出す。踏み出す方向は扉ではなく・・・。
がっしゃーんと大きく窓ガラスが割れる音がした。

城の屋根の上からその様子を見ていたレストは思わずあははっと声を上げ笑った。
「見て、アクト。二人が旅に戻るって~」
彼の隣で横になっていたアクトはその体を起こし、その惨状を見た。
「魔法使いのほうの仕業か?」
人が通ったように、いや事実人が通った窓には大きな穴が開いていた。
「ロジェはそんな無茶するように見えないよ~」
「つき合わされているけどな」
二人は顔を見合わせてくすくすくすと笑った。そうして、アクトとレストはまた屋根の上に横になる。
「アクトもあぁいう無茶したい?」
レストの問いにアクトはいつもの考えの読めぬ表情に戻り、答える。
「レストがやるなら付き合う」
無表情の中にも表情を見つけたレストはアクトに気づかれないようにくすりと笑った。
「じゃ、後でフィーリの使った新型の飛行魔法陣を解析して遊ぼうね」
「分かった」
そうして、天を見上げる。青空に白い雲。そして、心地よい風。彼らに会うのは久々である。
「「いい天気」」
晴れたある日、その国に涙の姿はなかった。
あったのはきらきらと微笑み輝き宙を舞うガラスの破片。

                              六話   雨、抱きて眠るを欲す   Fin

by vrougev | 2006-06-12 22:42 | きらきら☆まじしゃん【休止中】