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栗かぼちゃのタルトのお味は?   2

一週間後、ロジェとフィーリは国境近くの小さな街にいた。民宿のような宿に泊まり、次の日、つまり今日には出国するつもりである。
朝、起きたロジェはある異変を感じた。何かが変である。そして、ふと気がつくのだ。まだ朝早いのに隣のベッドにはフィーリがいない。既に空の状態で布団自体も冷め切っている。随分早くに出かけたようだ。
「前にも・・こんなのあったな・・」
確か、去年のクリスマス辺りであっただろうか。あの時も珍しく早く起きたフィーリはメモを残し、一人で出かけたのだった。
「メモは・・と」
探すロジェのすぐ傍、ベッドに括りつけられているサイドテーブルに一枚の紙切れは載っていた。寝ぼけ眼を擦りながらロジェはメモに目を通す。

Trick or Trick!!タルト作らないロー君の意地悪!!

「根に持ってた・・のか?」
タルトを一つ作る、作らないで何を馬鹿げたことを、とロジェは思うのだが本人にとっては重大な問題らしい。二十歳にもなる男がこんなんでいいのだろうかと他人事ながら心配になったロジェはある事実に気がついて考えることを止めた。
元々普通ではない人間に普通を求めたところで仕方がない。
まず普通ならば女装などしないし、それでロジェに抱きついたり男を誘惑したりはしない。フィーリ曰く、「魔術師って、皆何処か変な人ばっかだよぉ♪」と言うがどう考えてもロジェの身の回りでおかしいのはフィーリのみである。あれで世界の要を統治するほどの力を持つ偉大な魔術師であり、唯一の王位継承者だというのだから世の中というのは分からないものである。今の自分の置かれている環境に思わずため息をついてしまうロジェであった。
ともかく、フィーリを探し出さなければならない。でなければ旅立つことも出来ないのだから。着替えを取り出そうと備え付けのクローゼットに手を伸ばす。フィーリがいないのなら、今日着る分の衣服以外は朝のうちに洗濯してしまおう。昼にはお腹をすかせて戻ってくるはずだから、日が昇ってからの旅立ちでも悪くない。予定を立てながらクローゼットを開けたロジェは目を丸くした。中には一切荷物が入っていなかった。フィーリの荷物もロジェの荷物も全てが跡形もなく消え、中には一着の服だけが残されていた。
やけに大きな、そしてジグザクとした切込みの入る白いシャツに黒いレザーのパンツ。深紅よりも更に赤黒い輝く布に金の魔法文字で刺繍された大きな深紫のリボン。どうやら前で結ぶタイプのマントのようだ。どれもロジェには見覚えの無い服。だが、フィーリの着るような女物の服でもない。大きさからして明らかに男物である。
よく見ると、一枚の小さな紙が挟まっている。その紙は先ほどサイドテーブルに置かれていた紙と同様のものだ。綺麗に二つに折りたたまれた紙はロジェに読んでくれとせがんでいるようにしか見えない。
なくなった荷物。一着だけ吊るされた服。どう導き出しても嫌な予感にしかならない。
見たくない思いと見なければいけないという義務感。意を決してロジェは紙を開き、見る。

ロー君の今日の衣装はこれ♪悪魔なロー君に僕は捕まらないよーだ♪

もう訳が分からない。何故にハロウィンだからってロジェまで仮装しなければならないのだろうか。急激に襲った疲れにロジェが眩暈を覚えたのは言うまでもない。

by vrougev | 2006-10-10 23:30 | キセツモノ