ローサンに願いを込めて 5
「・・・・フィーリ、ちょっと待ってくれ」
「どうしたの?ロー君」
どうしたもこうしたもあるか、と言うのがロジェの心境だった。その気持ちは現在地を教えれば分かるだろう。
「お前の家だろ、どう見ても」
「あ、うん。要の国の王宮だよぉ♪」
泥棒まがいの次は深夜に里帰りである。もう何がしたいのかよく分からない。深く息を吐いたロジェにフィーリは「仕方がないじゃないかー」と少し拗ねたように言った。
「だって、此処に用事が在るんだもの。此処に住んでいるのは王様だけじゃないよ!?」
「使用人の誰か、ってことか」
「そうそう。支柱の水柱さん」
新田慶之。水と氷を司り自在に操る優男でフィーリと同い年だが器用に何でもこなす、と言うのがロジェの中での認識だった。風の支柱である伊妻静羽に淡い恋心を抱いているらしい。確かそれをネタに紅末飛鳥にからかわれながら毎日を過ごしているはずである。
「・・・恋相談って事か・・?」
「さぁ?それは本人に聞かないと分からないけど」
生憎ながら親身になって話をきく能力も、アドバイスする能力もない。出来るのは辛烈な言葉を浴びせるぐらいだろうか。
「大丈夫だよ、ロー君は♪」
にかっと笑ったフィーリは大丈夫、大丈夫とお気楽なムードで扉を開いた。かちゃりと言う音と共に開かれた先から漏れる眩いばかりの光にロジェは眼を細めた。光を久々に見たような気がする。眼がなれるにつれ、段々と全貌が見えてきた。先刻のフリフ国の部屋よりも倍近く広いだろうか。全てが綺麗に整頓された部屋。窓際に置かれた一卓のテーブルで一人青年が静かにお茶を飲んでいた。
「待っていました、ロジェ。そして・・」
ロジェの横に立つフィーリににっこりと微笑みかけた。フィーリはと言うとかしこまった様子で一礼した。忠誠を誓いし者の一礼。慶之は続ける。
「お久しぶりですね。本当の相棒はどうかしましたか?」
「体調を崩してしまいまして、今は里のほうで療養中です」
「なるほど。薬が必要なのですね」
今作りましょう、と席を立とうとした慶之をフィーリの姿の者は慌てて止めた。
「いえ、今日はクリスマス。私は慶之様にプレゼントを届けにきたのです」
その言葉に慶之は目を丸くする。そして、ふっと笑い目を静かに閉じた。問う。
「よい人の子、慶之。貴方は何が欲しいのですか?」
「欲しいものなんて山ほどありますよ。僕は人です。欲望に塗れた種族ですから」
けど、と。彼は続けた。柔らかい口調の中に込められる強い意思。
「唯一つと言うのならば、僕は彼女が笑っていられる世界を望みます。彼女を傷つけるものは全て消します。守るためならばどんな事だってしてもいい。彼女を穢す者はこの手で人を殺めても構いません。それによって笑いが戻るのならば僕はなににだってなりましょう。それが例えこの世界の敵であっても、今が崩れる事になっても」
ふっ、と自嘲するような笑みを浮かべた慶之は真っ直ぐにロジェを見つめて尋ねた。
「こんな僕はおかしいですか?ロジェ」
「・・・いや」
ロジェだって大切なもののためには己が穢れる事を恐れないだろう。元は一緒なのだ。
人がいるから強くも弱くもなれる。お互いがいてこそ人になれる。
「だから、お願いです。僕の分の幸せを彼女に。それで僕は幸せになれますから」
青年は笑った。微笑が凍る事はない。凍った氷は解けたのだから。
「分かりました、慶之様」
ぺこりとフィーリの姿をした者はお辞儀をした。
by vrougev | 2006-12-24 22:48 | キセツモノ