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八話   無垢なる形代   30

時が満ちた。ロジェは駆けた。刃を閃かせ、目の前の女に向かって。彼女も彼に腕を向けた。その手には銃器。狙撃するつもりらしかった。斬るのと撃つの、どちらが速いのか。
小型の銃器から鉛球が放たれる。それは真っ直ぐロジェの胸に向かって飛んで。男はそれを避けようとも、跳ね返そうともせず、刃は女に向けられる。怯まぬ男は女の首筋に刀を当てた。胴と首の接合部。僅かに開いた隙間に刃を潜り込ませ。涙を流す女を顔に微笑んで。躊躇わず渾身の力で上に引き上げた。ぶちりと何かが切れる音がして胴部は頭部を失い、頭部は胴部を失った。彼女は赤いオイルを流しながらそれでも尚立ち上がろうとする。
覗く鉄色は人間のものではないけれど。血液など入っていないけれど。
ロジェ達は『彼女』と呼ぶ。ドーラは間違いなく『女』だから。

街の修復。火災を無かった事にして、建築物を元に戻す。CIRCLEは雑務に終われていた。
「なーんで、こんな事しなきゃなんねぇかなぁー」
眠いと言わんばかりの大あくびをした夕京はなぁ、と傍にいた少女に同意を求める。左右に髪を結った少女は「夕ちゃんが悪いんだよーだ!」と言い、再び雑務に戻る。
確かに、火災の規模を此処まで広げたのは夕京があの場で調子に乗ってしまったのが原因かもしれない。爆発は確かにやりすぎた。でも、彼としては意図してやった事ではないし、不慮の事故といえば事故なのだが誰もそう認めてくれなかっった。
「あそこに油があって引火するとは誰も思わないだろ!?」
「魔法を使うときは細心の注意を払ってっていつも言われているでしょ?」
「・・あーい」
「とりあえず、手を動かしてください。じゃないと僕ら帰れませんから」
静羽はともかく慶之に笑顔で言われたら勝ち目が無い。しぶしぶ夕京は働く事にした。既に焼けた事が無かった事になっている宿屋。こうやって事実は知らないうちに消されていく。
「終わりそうか?」
「飛鳥兄ー。何処行ってたんだよー」
ひょっこりと現われた飛鳥に夕京は「全く、飛鳥兄は・・」と呟いた。後ろから「夕ちゃんも働いてないでしょ」というくいなの声が聞こえるが聞かなかった事にするのだ。
「悪いな」
悪びれた様子も無く飛鳥はそういって笑った。
「飛鳥、戻ってきたという事は・・終わったのですか?」
「今終わるところさ。今回は、な」
慶之は一息ついて「そうですか」と返した。その表情は安堵したような、けれどまだ不安が残るような。そんな表情だった。
「なぁ、慶之兄・・」
慶之に声を掛けようとした夕京は本題に入る前にくいなに服を引っ張られる。
「あ、見て!!夕ちゃん!!山に雷落ちたっ!!」
「えっ、嘘ぉ!!・・・あー、くそっ!!見えなかったー!!」
何を疑問に持っていたかも忘れて、夕京にとってこの時は雷を見る事のほうが重要だった。

かたかたかたかたかたかた。耳障りだ。けれど、それは生きる証。生きている証。
どんっ、という音。彼女の身体に雷が落ちたのだ。青白い稲妻は一筋。辺りが少し明るくなった。残酷な灯りに撃たれ、照らされた彼女は崩れる。
そして、かたかたかたという弱い脈拍を何度か打った後それは止まった。
もう動きもしない。耳障りな音も出さない。ただくったりと地に倒れているだけ。
「・・・止まったね」
「・・あぁ」
自分を殺そうとしたキカイなのに、何故かその死がとても悔やまれた。やらなければやられていたかもしれないのに。ロジェを殺し、フィーリまで殺めようとしていたのに。
離れた頭は胴の数メートル先に落ちていた。流れきったオイルは徐々に地面へと吸い込まれていく。その場に立ち尽くすロジェの向こう側のフィーリは転がった頭部を持ち上げた。ぴちゃぴちゃ、と残っていたオイルが流れる音。
「ロー君、見て」
ロジェがその声で我に返ったとき、目の前にフィーリがいた。だらりと銅線が垂れ、金属部が露出した頭部を抱え彼は微笑んでいた。彼女は目を閉じていた。フィーリが閉じたのかもしれない。だが、その口は笑んでいた。桃色は美しい弧の形を描いて。
「ありがとう」
どう聞いてもフィーリの声である。ロジェは一礼した。
キカイに対してではない。無垢なる女の最期に対しての一礼。
顔を上げたロジェは言う。
「戻るぞ」
「うんっ♪」
フィーリは元気良く返事をした後、そっとその頭部を胴部に繋げた。そして、胸の上で手を組ませる。最期に「またね」と呟き手を振った。

来世は人間で会えますように。

by vrougev | 2007-01-11 16:08 | きらきら☆まじしゃん【休止中】