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八話   無垢なる形代   31

後日。港町デリーアにて。活気付く港町の市場は朝早くから大勢の人でごった返していた。潮風に乗り、騒がしい声が聞こえる。それはとてもはしゃいだ声で。
「ロー君っ♪タラバー♪毛ガニー♪」
この時期には寒そうなミニスカートを着こなし、ロジェの腕に張り付いている。寒くないのか、と一度尋ねようかと思ったが愚問な気がして止めた。何故彼らが此処にいるのか。理由は一つ。単純でくだらない。カニチャーハンの蟹を買うためだ。
「買うならベニズワイだ。安くてそこそこ味もいいからな」
らじゃー♪という元気な返事をした後、フィーリはきょろきょろと辺りを見回し探し始めた。食べ物が掛かっているだけに必死である。
あの後、ロジェ達が街の方へと戻ると其処には何事も無かったかのような街があった。どうやらCIRCLEが全てどうにかしたらしい。方法を尋ねても「組織秘密♪」と押し切られたとフィーリは悔しそうに言っていた。
彼女は彼らに預ける事にした。やけに飛鳥が嬉しそうだったのが気になるが、CIRCLEならば悪いようには使用しないだろう。
そしてロジェは慶之に怒られた。治療したとはいえ外側を無理やり閉じた状態で完治までは程遠いのに動きすぎたらしい。現に治療したはずのアバラが再び二本ほど折れていた。
そう、あれから二ヶ月が過ぎた。身体も完治したし、新たな地に心躍る気持ちも分かる。
だが、どうしても気になる事は残り続けるものだ。伝令者。そして、その裏にいる主。
何故ロジェを狙ったのか。何故、周りまで巻き込もうとするのか。そして・・・。
「あっ、ロー君!!見てっ!!」
フィーリの声で我に返る。指差した先にあったのは人形を売っている露店だった。
ころころと転がってしまいそうな形の人形である。
「マトリョーシカだぁっ♪」
「マト・・・?」
聞いた事の無い名前に首を捻るロジェに楽しそうにフィーリは説明を始める。
「えとねー♪北のほうの国のお人形さんなんだけどねー、中にコレと同じのの小さな人形が一杯入ってるの♪普通は女の人の絵が描いてあるんだけどねー地域によっては有名人とか動物とかもあるんだよっ♪」
無駄に詳しい。本当に掴み所の無い奴だと思う。フィーリは置いてある空色のマトリョーシカの一番上を掴んで中身を見せる。なるほど、確かに中に入っている。
「面白いな」
一人の中にまた一人。その中に一人。更に一人。空洞ではなく何かが。自分を支える何かが。人間も実際はこうなのかもしれない、と柄にも無く非現実的な事を思った。
「でしょ?・・お姉さーん♪マトリョーシカ一つ頂戴ー♪」
「おい、買うとは言ってないぞ」
「堅いこと言わないのっ♪」
「・・サワガニにするぞ」
「やだっ♪絶対ズワイ食べるのっ♪」
「ベニズワイ、な」

楽しそうな二人を遠く離れたところから伝令者は見ていた。勿論彼らは気が付かない。
「おやおや、ドーラは壊れてしまいましたか。それはそれは面白い・・」
男はにぃっと頬を吊り上げる。口が避けるのではないかと思うほどの笑い。
「御主人に報告なさらねば・・・いけませんね」
そういって、彼は踵を返した。その場にもう男はいない。

彼らがこの男の正体を、存在理由を知るのはまだまだ先の見えない未来のお話。

                                      八話   無垢なる形代   Fin   

by vrougev | 2007-01-11 16:09 | きらきら☆まじしゃん【休止中】