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番外編   始まりは緑   3

目の前に現われたのは熊でありながら背中に白い翼が生え、更に硬い甲羅が備わっている見た事もない奇天烈な巨大生命体だった。心の中では「なんじゃこりゃー」と叫びたい状態である。
「わー♪見てっ♪ツバサコウラクマだよ♪僕も初めて見たー♪」
きらきらと目を輝かせてフィーリははしゃぐ。こんな状況ではしゃいでいられるものか。踵を返して逃げたい衝動に駆られる。この気配はやばい。殺らなきゃこちらが 殺られる。確実に殺される。百二十パーセント殺される。
「ギルルンさっすがー♪こんな時も冷静だねっ♪」
そういってフィーリはぎゅっとギルミネアの腕に抱きついた。温かい感触。人のぬくもり。
あ、まな板なんだ。少しショックに思ったのは心の底にそっとしまっておく。
「・・・贅肉ふにふに・・。もうちょっと引き締まってるのがいいなぁ・・」
あ、ちょっと傷ついた。この一瞬だけは死ぬ事よりもフィーリの呟きのほうが重大だった。
ツバサコウラクマと言うと、一声雄たけびを上げると再び地面を揺らした。どんっという目の前の衝撃により足元をすくわれそうになる。退路である背後の今歩いて来た道がめりめり、と割けた。ぱっくりと仄暗い地底を見せる。先程まで、ほんの数分前までいた位置だった。「あ、割けた」と何事も無いかのように呟いたフィーリは上目遣いにギルミネアを見上げる。嫌な汗が流れた。
「ギルルン♪お・願・い♪」
可愛らしくえへ♪と笑うフィーリは、でも変だねと続ける。
「ツバサコウラクマっていうのは普段は温厚で人間に懐く様な生物だって言われているだけど・・。何でこんなに気性が荒いんだろうねぇ。何かあるのかなぁ?」
ちょっと調べてみよう、とフィーリは恐れもせずにギルミネアの腕を離れツバサコウラクマの傍へと近づく。何故この女、こんなにも好奇心が旺盛なのか。恐怖と言うものを感じないのだろうか。それともただの馬鹿なのか。いや、女性は多少抜けているほうが可愛らしいとも言うしこの位のほうがいいのかも。ギルミネアがろくでもないことを考えている間に四つん這いになっているツバサコウラクマの前にいた。
「おいっ、危ないぞ」
「平気だよぉー♪」
じっとツバサコウラクマと見つめあっている。この間に逃げられたらどんなにいいか。だが、彼女を置いていくわけには行かないのだ。流石にどんなにヘタレでもこの状況ではどうも動く事はできない。今この場でギルミネアが出来る事は見守る事だけである。お互い動かない。先に痺れを切らしたのはフィーリのほうだった。一息空気を吸ってから一言。それは実に真剣なフィーリの叫びだった。
「お手っ!!」
犬かよ。その一言にギルミネアの力が抜ける。何がしたいのか、さっぱり分からない。ツバサコウラクマのほうはと云うと叫び声に驚いたのか、いきなり二足で立ち上がった。フィーリの声に負けぬかと言うように一声吼えた後、鋭い爪を真っ直ぐフィーリの立つ位置へと振り下ろす。
「危ないっ!!」
立ち上がりギルミネアは大剣を抜き、駆ける。だが、この位置からでは間に合わないのは分かっていた。目の前で人が殺されるのは勘弁して欲しかった。
ざくりっ。ツバサコウラクマはその爪に掠った大地すらも抉る。立っていた場所にフィーリはいなかった。跡形も無く消え去っている。目を見張るギルミネアの背後、彼女は立っていた。笑顔を浮かべて「どうしたの?ギルルン」と首を傾げる。
「クマさん、遅いよーぉ♪」
生きて・・いる。あの場所から何事も無いかのように一瞬でギルミネアの背後にまで移動した。てっきりそこにあるのは原型の無い死体だと思っていたギルミネアは安堵のあまり地面に膝を突く。みっともないと言われようと誰かがトマトになるよりはマシだ。
なんて心臓に悪い一日であろう。なんだ、なんなんだ。運命は俺に何をさせたいんだ。
「ギルルン、どうしたの?具合悪いの??」
「い、いや・・なんでもないんだ・・」
お前のせいだと言いたいのをぐっと堪えギルミネアは笑顔を作った。無表情でいると怯えのほうが先に出てしまう気がしたから。
「でも、ギルルン。そこにいると」
好きで此処に座っているわけじゃない。ただ、腰が抜けて立てないだけだ。歳のせいだな。
「ツバサコウラクマに殺されちゃうよ?」
振り返るとそこには獲物を見つけた獣の目があった。ツバサコウラクマはにやりと笑う。
ギルミネアも笑うしかなかった。爪が振り下ろされる。ギルミネアは剣を掴む事すら出来なかった。
「うわぁぁぁ~っ!!」
みっともない叫び声は森中に響いた。

叫び声を無視してフィーリは一人考えていた。
「あんまり人前で晒したくは無いんだけどなぁー」
フィーリは思う。だってロー君に怒られるし。
彼が怒るのはいつもいつも使う事によって二次災害が生じるからなのだが理解していない本人は何故怒られるのかが分かっていない。
まぁ、いいか。
考えるのを放棄したフィーリは魔法を使おうかと手を伸ばした。この距離なら一発で燃やせるだろう。森なのに火炎を使おうとするフィーリの心は分からない。もしかしたら何も考えていないだけなのかも。唱えようとした時、知った声が響いた。
「伏せろっ!!」

by vrougev | 2007-01-17 02:41 | きらきら☆まじしゃん【休止中】