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葡萄酒の滴る音   5

三日後。ロジェは未だ悩んでいた。色々悩んだ末に結局一番普通のチョコレート菓子になったのだがどうも気に入ったものが出来ない。昼は嫌がらせとしか思えぬ雑務をこなし、夜はひたすらに黒き甘味なる物体とのにらめっこだ。もう少し甘くしたほうがいいのか。それとも苦めのものを使ったほうがいいのか。外装も考えなくてはならない。
正直なところ甘いものがさほど得意ではないロジェにとって自分の作ったものですらもう食べる気がしないのであった。存在自体を見たくないといってもいいだろう。
「ロー君、こっちのはー?」
厨房へ店内の椅子を持ち込み、ロジェの作った試作品達を大量に平らげる男の姿が一人。昼間とは違い性別を隠す必要がないためシャツにズボンとどちらとも取れそうな格好。
フィーリは実に美味しそうにチョコレートを食べていく。
「少し甘めに作ったはずだ。その隣のは素材自体を柔らかくしてある」
「んー。柔らかいのなら外側は固くしたいなぁ。んんっ、中に何か入ってるー♪」
「野苺のジャムだ。この時期にあるはずないと思ったが、流石は洋菓子店だな」
やはり品揃えがいい。材料に困らないで作れるということだけは救われる。試したいと思うことが自由に出来るのはいいことだ。
「野苺のジャムかー。悪くはないけど・・酸味が強いかなぁ?なんか中途半端って感じ?」
「でも中に何か入れるのは美味しいからいいよぅ♪」とフィーリはフォークを振り回しながら言う。そうか、とロジェは頷いた。試食は全てフィーリに任せている。仮にも王族出身者。味の良し悪しの判別ぐらいは付くだろうとの判断で食べさせてみたがなかなか的確な回答をしてくれる。口元に付いたジャムをぺろりと舐め取るとフィーリは言った。
「ねね、お酒はどう?今までかなり食べたけどお酒の風味はなかったよね?」
「あぁ、いれてないな」
「果実酒とかどうかな?きっと美味しいよっ♪」
きらきらと目を輝かせてロジェが作るのを待っている姿を横目にロジェは一息つく。
「入れてもいいが・・お前は食べるなよ」
「何でっ!?」
酷い、と叫ぶフィーリにロジェはため息をつく。ロジェが止めるにはそれなりの理由があってのものだ。なければそんな事は言わない。
「いい加減、酒に弱い事を自覚しろ」
これは心からの願いである。一口飲めば倒れ、二口飲めば絡み始めるのだ。正直堪ったものではない。しかし、本人にはそのときの記憶がないために再び同じ過ちを犯すのだ。
「ロー君のけちんぼー♪あ、僕お夜食にオムレツ食べたいなぁ♪」
「・・・分かった」
楽しそうに非難するフィーリを適当にあしらいロジェは再びチョコレートを湯銭で溶かし始める。中に入れるのは生チョコでどうだろうか。少しばかりとろけるほうがいい。ならば、生クリームを多くするべきか。片手でへらを混ぜながら、もう片手でボールに卵を割りいれる。
「・・ロー君ってホント良く働くよねー♪」
自分が食べたいと頼んだくせに他人事のようにのほほんと呟くフィーリ。
「これだから女の子達は黄色い声で騒ぐんだよねぇ。無口でかっこいい上に家事が出来て気配りが出来る。それでいて文句一つ言わない男なんて希少価値だし・・無理ないかなぁ?そう考えると罪作りだよねぇ。ロー君って」
ひとしきりぼやいた後「オムライスまだー♪」とフォークを鳴らした。ため息をついたロジェは頭を抱えながら皿を差し出す。鮮やかな黄色のとろりとしたオムライスが湯気を立てながら乗っていた。勿論手抜きは一切ないものだ。非の打ち所のない彼は言う。
「何も悪い事はしてないぞ」
「・・鈍いのが難点なんだけど・・ね♪」
意味が分からずに首を捻るロジェに「なんでもないよ」とフィーリは笑う。
バレンタインまで後二週間。約束の一週間まで後三日。

by vrougev | 2007-02-04 00:24 | キセツモノ