葡萄酒の滴る音 6
「・・・・」
夜中。かける言葉もなしにフィーリが立ち尽くすのは訳があった。ロジェはいつもの様にチョコレートと格闘している。ただ、その横。ロジェの隣のフィーリの定位置には別な人物がいた。眼鏡をかけた少女。一目で分かる程気合の入った服装。
「ロジェさんすっごいですー♪流石ですね」
「いや、普通だ」
そんな平凡な会話が繰り広げられていた。少女はフィーリの存在に気が付き手を振り招く。
「あ、フィーリさん。こんばんわ。今ですね、ロジェさんのお手伝いしてたんです」
ですよね、とロジェに確認を取る。振り向きもせずに頷くロジェを満足そうに見た彼女、キュレは少しばかり笑みを称えてフィーリに問うた。
「どうしたんですか?こんな夜中に。水でも飲みに来たんですか?」
まるでこの場にフィーリは要らないといわんばかりの口調。明らかに棘の含まれる言葉であった。フィーリは目を丸くして尋ねる。
「キュレちゃんこそ・・どうしたの?」
「私・・少しでもロジェさんの役に立ちたくて、手伝いにきちゃったんです」
「そっかー♪」
照れたように笑うキュレにフィーリは笑い返す。だが内心穏やかではなかった。
マズイ。非常にマズイ。まさか彼女に降りかかろうとは思わなかった。
ロジェ自身はきっとキュレが此処にいる理由に気がついていないのだろう。ただお手伝いと思ってくれていればそれでいい。どうするか。
「フィーリ、俺は大丈夫だ。部屋に帰って寝てていいぞ」
ロジェは少々疲れたような表情。疲労は溜まっていてもこの男なら大丈夫だろう。
不安は残る。残るものは解決しなければ。
「そうですよ。フィーリさん今日の朝、具合悪そうでしたし・・」
キュレに罪はない。自分自身に言い聞かせる。ただいかにもこの場からフィーリを払いたいとするオーラに笑いながらもフィーリは拳を握った。
「そっかー。僕は寝ようかな。お言葉に甘えて・・ね♪あ、ロー君」
フィーリはロジェを呼び、ロジェに近づく。ロジェは「何だ」とフィーリの方を向いた。いつものように抱きつく素振りでロジェの背中に手を回す。だが、抱きつくのではなくそれを足がかりにフィーリは僅かに背伸びをした。きっちりと被られたコック帽と前髪を払いのけ、フィーリは額に口付ける。フィーリの言動に驚くロジェが見えた。
「頑張ってねっ♪」
さっと身体を離すとフィーリはそのまま厨房を出て行く。彼は寄宿舎に戻りながら髪を結い上げた。その表情は少女を気取っていたときのものではなく魔術師としての表情。
「防虫効果、防虫効果っと・・・♪」
「何がしたいんだ・・?あいつは」
呆けたように呟いたロジェは何事も無かったかのように再び作業に戻る。
「仲・・いいんですね」
僅かなキュレの変化にロジェは気が付かない。「まぁ、長いからな」とだけ答えた。
キュレは笑っていた。寂しそうに。楽しそうに。憎らしそうに。
それを知る者は、いない。
次の日、フィーリはウェイトレスの仕事を休んだ。
具合が悪い、という事であったがそれは単なる休む口実でしかない。
その日、ロジェはチョコレートを完成させた。
バレンタインまで後十二日。明日で丁度一週間である日の事であった。
by vrougev | 2007-02-05 01:14 | キセツモノ