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葡萄酒の滴る音   8

結局厨房にはフィーリとロジェ、そして彼らの荷物が置かれ扉には鍵が掛けられた。今日の店の営業は材料がないため不可能となり、彼ら二人だけが隔離されるかのような形で厨房に押し込められたのだ。フィーリに至ってはその腕に未だ手枷を嵌められ、繋がれたままである。壁際から動けない上に少しでも身を動かせばじゃらじゃらと鎖がなった。
「壊滅的だな・・、これは」
だだ広い厨房でロジェは実質調理人一人ため息をついた。ほとんど全ての食材が砕かれ使えるものはほとんどなかった。唯一あったのは調味料の類とフィーリが隠し持っていた僅かなチョコレートだけである。一口分だけ割られ欠けたチョコレートはミルクたっぷりのもの。この分量では一発本番で仕上げなくては。どう加工するかとロジェは頭を抱えた。
「ロー君の馬鹿ぁー。僕のおやつ奪ったぁー」
「後で美味しいもの作ってやるから我慢しろ」
五月蝿いばかりに鎖を鳴らし講義するフィーリにロジェは再びため息をついた。少しは静かにして欲しい。
「ねぇ、ロー君。お酒入れてみたらー?」
「ガナッシュ類か・・」
幸い、酒瓶は割れていないが、肝心のラム酒が見当たらなかった。そういえば昨日調理人の一人が切れたから注文してくれと言っていた気もする。その他の銘柄なら揃っているため代用は利くが、ラム酒ほど美味しくはならないはずだ。
「んー、ガナッシュも美味しいよねー♪あれは?えっと・・中にウィスキー?」
「ウィスキーボンボンだな。アレはそこまで大衆受けしないぞ」
「そう、それっ!!飛鳥はチョコレートあれしか食べないんだよー♪」
元々甘いものが嫌いだといっていたか。あの容姿と職業では大量にもらうだろうに。一体どう処分しているのだろうかと思考を巡らせ、ふと止める。
「ウィスキーボンボン・・そうか、クーゲルなら・・・」
この量でも足りるかもしれない。ざっと三つ程。作るにあたって必要なものを探す。
「クーゲル?」
語彙を知らず首を傾げるフィーリにロジェは簡単に説明する。
「内部が空洞のチョコレートの事だ。詰めて蓋をすると丸いチョコレート菓子ができる」
がさがさと棚を漁っていたロジェはゼラチンを見つけた。アルコールだと半ゼリー状にしかならないはずだがそれでいい。後は、どのお酒を詰めるか。
「お酒詰めるのっ?なら僕は紅いのがいいなぁ♪凄い綺麗じゃないかぁっ♪」
確かに赤ワインは見栄えがいいだろう。よし、とロジェは腕まくる。
「ロー君、作るのっ?」
出来たら僕にも頂戴ねっ♪と主張するフィーリにロジェは笑む。
「あぁ、大人しくしていたらな」

結局試行錯誤の末、そのチョコレートが完成したのは夕方近くだった。既に西に日は傾き、徐々に空は暗くなり始める時刻。外は未だ吹雪いている。少しは弱くなっただろうか。
「出来た・・か」
ロジェは額に浮かんだ汗を拭う。目の前には小さな箱に入った三つのチョコレート。
ミルクチョコレートでコーティングし赤ワインをベースにしたクリームを添えたそれらにそれぞれ想いを込めて。
「お疲れーっ♪」
フィーリはじゃらじゃらと鎖を鳴らしてロジェの仕事を讃える。力が抜けたように椅子に座り込んだロジェはふぅと一息つく。行儀は悪いが調理台に両腕を伸ばした。
立ち作業には慣れているが流石に神経を使う仕事は疲れる。失敗が許されないのなら尚更だ。
「ロー君良く作れたねっ♪偉い偉いっ♪」
「・・止めろ」
じゃれつくように抱きつき、わしゃわしゃとロジェの頭をかき回すフィーリの手を払いのける。そして気がついた。この男、縛られていたのではないのかと。
「だからここから先は僕の番だねっ♪」
がしゃんっ。
ロジェが声を上げるよりも先にそれは取り付けられた。鎖の付いた手枷。間違いなくフィーリの手についていたものである。フィーリはその鎖を強引に壁へと引っ張ったためロジェは無様にも引きずられる形で椅子から滑り落ちた。
「・・・フィーリ、これは何だ」
「手枷♪」
楽しそうに言う言葉ではない。けれどもフィーリは拘束されたロジェの姿に満足したのか「よしっ♪」と呟いた。何がよしなのか。ロジェは立場逆転、先程までフィーリがしていたように身を揺らす。じゃらじゃらじゃら。
「これを解け」
「全て終わったらねー♪・・僕にも仕事があるのさ。いい加減、出てきてくれないかなぁ?」
誰に向かっていっているんだか、分からなかった。フィーリの見つめる先は誰もいない。ただ開く事のない鍵の掛かった扉があるのみだ。確かに鍵が掛かっているはずだった。
それはきぃと音立てて開く。現われた人影にロジェは目を丸くし驚いた。フィーリは笑う。
「ねぇ、キュレちゃん?」

by vrougev | 2007-02-09 22:31 | キセツモノ