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葡萄酒の滴る音   9

目の前に立つ少女は普段と変わらぬ。いや、泣いているのか。ロジェの位置からだと顔色まではうかがえなかった。フィーリは問いかけた後に「あぁ」と呟き軽く詫びる。
「違うね、キュレちゃんに非はないもんね。ごめんね♪」
「どういうことだ。フィーリ」
「悪い人はいないんだよ。悪いモノはいるけれど」
人とモノの違いは前に聞いた気がした。けれどこの状況は理解できない。
「いいえ」
彼女は口を開く。上げた顔には笑みが浮かんでいた。けれどそれは爽やかなものではなく、憤怒の感情に彩られた微笑。
「全て悪いのはアイツよ。アイツさえいなければ・・・」
「ご覧通りって事だよ、全ての元凶さ。ロー君には分からないかなぁ?」
「さっぱりだ」
「だよね、そんな感じー♪」とフィーリは苦笑する。ロジェは僅かに顔をむっと顔を顰めた。分からないものは分からない。疎いと言われようが仕方がないことである。
「もう直ぐバレンタインだからね♪世間に溢れている事は知っていたんだよ?此処は洋菓子屋さんだから引き寄せやすい事も知っていた。だから、応援して寄せ付けないようにしたんだけど・・遅かったのかなぁ?それとも自信のなさにつけ込まれたとか?」
「意味が分からないぞ」
「そろそろ視えてくるかな?ロー君にも見えるように手錠に仕掛けしたからさー♪」

フィーリの言葉に再び首をかしげたときだった。それはうっすらと現われてゆく。彼女の、キュレの背後にある影。影である筈なのに何故か濃い色をしている。影は女の姿をしていた。影はまるでこの世の全てを恨んでいるような表情を浮かべフィーリを睨んでいる。
その思いは凄まじいものであるということがロジェにも分かった。
思わず息を呑む。対してフィーリは楽しそうに呟いた。
「あれはね、嫉妬心。しかも実体化して見えそうなほど強大な嫉妬。一人の嫉妬は小さいけれどそれが集まったりするとあんな姿になるんだよ。・・キュレちゃん完全に乗っ取られてるのかなぁ?嫉妬心ほど恐ろしいものはないってねっ♪」
「・・・嫉妬?」
そんな感情に覚えがないロジェは尋ねる。キュレがフィーリに対して嫉妬心とやらを抱いているというのは明らかだった。
「そう。例えば恋愛とかの、ね」
「恋愛だと?」
余計に分からない単語が並ぶ。キュレは彼女の声とは思えないほど低い声で呟く。
「オマエさえ、オマエさえいなければ・・・。コロス。コロセば・・私のものにぃぃぃっ!!!」
「彼女に負の感情は似合わない。やってみなよ、返り討ちにしてあげるからっ♪」
呟きから雄たけびに変え飛び掛るキュレをひらりとかわし、フィーリは笑い、腕を突き出す。何かを唱えたのかそこから光が放たれた。
「いや、話が見えないんだが」
一人話についていけてないロジェは取り残されながらその戦闘を眺めていた。
理性を失ったキュレの攻撃は素早さこそあるものの戦闘に関しては初心者だ。どんなに早く動いても隙があっては意味がない。一方、フィーリはころころと笑いながらその攻撃を適格に受け流している。踊っているかのようなステップであたりを跳ね回る。
ロジェが整理した棚の上のものが次々と倒され、被害の免れた酒瓶も割れていく。
ロジェはなんとも言えない気持ちでその光景を見ていた。破壊音は止まらない。むしろ増えていく。はぁ、と一つため息をついたロジェはあることに気がついた。
そして血相を変え、身を乗り出す。衝撃に鎖は、切れた。

そのときは一瞬だった。フィーリの放った光が彼女の衣服を掠めたのだ。掠ったとはいえど魔力の塊。衝撃を受けバランスを崩したキュレをフィーリが見逃すはずもない。着地と同時に腕を翳し、作業台に倒れこんだ少女の背後を狙う。集中するまでもない事だ。彼が思えば身体はそれに従う。魔力の塊は集まっていく。それは瞬間的な速さで。
キュレの、いやキュレの身体を乗っ取った嫉妬が絶望に目を見開いた。フィーリは微笑む。
「これで、終わりだよっ♪」
光は放たれた。白色の不浄な想いを流す光。それは彼女に届く前に影が目の前をよぎった。
正確には飛び込んできた。その手を鎖でつながれていたはずの剣士の姿。
光は一直線に彼の身体を貫いた。驚きによっての叫びは魔術師のもの。
「ロー君っっ!!!」

by vrougev | 2007-02-13 01:07 | キセツモノ