人気ブログランキング | 話題のタグを見る

第一文   death

この日の天気は雨だった。
すすり泣くように振りはじめた雨は泣き止むどころか益々強くなり、雷雨へと変わる。
子供の癇癪のような雨空。だが、天気に気に留め足を留める者などいない。関係なしに人々は歩む。全てが進むのは何処も同じ。そして、自然の摂理。
この時、一人の少女が歩み止める道へと一直線に向かっていた。少女はこの嵐の中、箒に飛び乗り、友人との待ち合わせに急いでいたのだ。服が濡れるのも構わず天を駆けた。
気まぐれな癇癪が彼女を襲ったのだ。一閃。途端に彼女の箒は焼け焦げた。燃え落ちる木片。空に放り出された少女は驚いたと言うような吐息を漏らした。高度数千メートルからの落下。
終着点は一つしかない。
「おーちーるーぅー」
少女の長いスカートが空気を孕む。空気抵抗。激しく布地がはためき続ける。
瞳は虚空を見つめていた。何も映らない。何も映さない。
せっかく整えた髪も衣装も台無しだ。少女は「あーぁー」と呑気に呟く。自らの身よりも身だしなみのほうが大切だというように流れる髪に手櫛を掛ける。場違いな行動。
少女は魔術師だった。いや、まだ師の元に居るのだから魔術師見習い。しかし彼女は優秀な魔術師であったと記しておこう。そんな彼女が落下を防ぐ手立てはあったのだ。
再び、飛行呪文を唱えればよかったし、呼べば直ぐに飛んでくる頼もしい使役獣だっているのだ。今からでも間に合う。けれど、少女は落下し続けた。
唱える気も、呼ぶ気もなかったから。
重力に逆らう事もなく、雲を切り裂く、風が痛い。
緑が見えた。土色も。
「大地に到着ーぅ」
少女は深く息を吐き、目を閉じた。

衝撃。

人通りの多い道路の上に倒れた少女。四肢は投げ出され、目元は前髪で隠れている。
まるで人形の様。
人々は彼女に目もくれずその脇を過ぎて行った。何人も、何人も。
地に横たわったぴくりとも動かない少女は。
「あーもー、また死んじゃったー。師匠ーぉ。助けてぇー」
「・・・自殺に救済は要らない」
何処から聞こえる呆れた声。声と共に光。暖かな色に包まれた少女は何事も無かったかの様に立ち上がる。そして、一伸び。
「ありり♪師匠っ♪」
見えない師にお礼。彼の「この馬鹿弟子が」と言う声音に笑い、少女は再び生を歩く。
急がなきゃ、遅れちゃう。

物質的な死のない世界のお話。

by vrougev | 2007-03-16 22:20 | 小話