人気ブログランキング | 話題のタグを見る

コイ、焦がれる先に   3

魔物が出る森と言うのは基本何処かおどろおどろしい雰囲気が漂っているものだが、この森は違った。
むしろ普通の森よりも清々しく神聖な空気さえ感じる。歪んだものなど一切見えない。
意気揚々と先立って歩くフィーリは鼻歌を歌いながら実に楽しそうである。
「おい、お前は正体分かっているのか」
「え、ロー君ってばまだ分からないの?」
黙って頷くロジェにフィーリは信じられないといった顔で驚きを見せた。分からないものは仕方がない。
「答えはね、たぶん鯉のぼりだと思うんだー♪」
「鯉のぼり?鯉が空でも昇るのか?」
どう考えてもありえない出来事である。そう言うとフィーリはあははと声を出して笑った。
「うん、起源はそう。鯉が急な滝を昇りきる事が出来ると竜になれるって言う言い伝えがあってね。それを模したモノが子供の日に飾る大きなお魚さん型ののぼりになったってお話。子の健やかなる成長を願って作られるものでー、一緒に飾るものとして菖蒲とか鎧とかもある」
「菖蒲は知っている。『尚武』と結びつけて男児の立身出世や武運長久を祈るために飾られる、だったか」
古き良き戦乱の世の行事だと師が話していたのを覚えていた。ロジェ自身が行事として祝った事はなかったがこの季節になると川縁に紫と白の花菖蒲が咲き乱れていたのを思い出す。幼心にあの光景は綺麗だと感じたのだ。
「そうっ!!ロー君良く知ってたね♪鯉のぼり知らないんだから興味ないかと思ったー♪」
すごーいとぱちぱちと手を叩くフィーリにロジェは素っ気無く言う。
「元から興味はない。ただ知識として知っていただけだ」
それよりも、だ。フィーリの説明の中で一つ気になるところのほうが問題だった。
「鯉のぼりと言うのは昇っている過程を言うのか。話からして昇る決意を固めている段階の話ではないのだろう。それとも昇り終わった鯉の事を指すのか?」
「ただの物語の話だよー♪鯉が滝を昇るはずないじゃないかっ♪それに鯉のぼりってのは鯉の形をしたのぼりなんだから、実際はただの布で・・・」
そこまで言ってフィーリも気がついたようだった。表情が硬くなるフィーリにロジェは問う。
「確証はないが今までの話を整理すると此処に出るのは鯉のぼりの姿をした『魔物』だろう。何故鯉のぼりの姿なのかは謎だが一番擬態し易かったとするならば・・お前はどうする?」
「・・・鯉のぼりの物語を知った魔物はその力を使おうとする」
鯉は滝を昇れば竜になれる。大空を飛び回り、多くの者から畏怖と尊敬の瞳で見られる存在に。
それは魔族にとってはどれだけ素晴らしい事だろうか。
「ど、どうしよう。そしたら手を付けられないかもじゃないじゃんっ!!」
「可能性の話だ。そうと限ったわけじゃない。むしろそうならない事を願おう」
静かだった森が急にざわざわと騒ぎ始めた。小鳥も空へと舞う。危険を告げる木々のざわめき。
「来るぞ」
ロジェの一言と同時に捕らえる事の出来ぬ風の刃が踊りかかるのだった。

by vrougev | 2007-05-05 12:25 | キセツモノ