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コイ、焦がれる先に   5

村に戻ってきたフィーリとロジェはその手いっぱいに柏の葉を抱いて返ってきた。
「あぁ、勇者様っ!!それは大切な柏の葉。魔物を退治してくれたのですねっ!!」
村人達の歓声の中フィーリはにっこりと笑って。ロジェは静かに言った。
「「全ての皆さんを集めてください。お話があります」」
数分後には村の全員が集まった。元々人が多くない土地だけに人の集まりは早かった。
「結論から言おう。俺達は森へ向かったが、魔物はいなかった」
その一言で村人達からどよめきが起こった。確かにいたのに、と言う声々がところどころから聞こえる。
「皆さん、八百万の神と言うものを知っていますか?どんなものでも神のように意思を持てると言う嘘みたいな話なんですけど実はホントにあるんですよねー」
のほほんと告げたフィーリはしんと黙り込んだ村人達をぐるりと見渡して笑う。
「意思は古いものに宿るのです。古いものに心当たりはあります?」
「・・・・こ、鯉のぼり様が・・」
一人の老人が呟いたのをロジェは見逃さなかった。自分が出来る一番柔らかい表情を浮かべて訊ねる。
「すまないが、詳しく聞かせてくれないか」
「あ、あぁ・・あれはなぁ代々村に伝わる大切なモノだったのだ。あれは捨てていけないものだった。なのにふざけて村の若造達が捨ててしまった・・」
悔いているようだった。誰一人その話に異を唱えるものはいない。皆陰鬱な表情を浮かべている。
「・・勇者様、森でお怒りになっていたのはもしかしてその鯉のぼり様かぇ?」
また別の老婆がぽつりと呟いた。もしかしたら察しはついていたのかもしれない。
「察しの通り。貴方達が捨ててしまった鯉のぼりはモノではなく意識あるモノになりかけていた。あの森にいたのは彼です。そして・・今この場にいる」
フィーリとロジェの後ろからすっと人影が前に出た。裸足の白い足、鱗で覆われているかのような民族的な服に琥珀色の丸い瞳は僅かに釣っている。その人型の姿の存在に村人達は目が零れ落ちんほど見開いて彼を見つめた。そんな瞳に照れたように、けれどそれを必死に隠した顔で口を尖らせた。
「・・んなに見つめんじゃねーっつの!!見慣れた顔だろっ!!」
それでもまだ放心状態の村人達にくすりと笑い、フィーリは一回手を打った。
全てを終わらせ、始まりに導く音。
「さぁ、皆さん。祭りを始めましょうっ!!美味しい柏餅、食べさせてくれるよねっ?」

あの鯉を人間にしたのはフィーリだった。鯉は、カープが望んだのは人間の姿になること。
「今の姿のままだとまた人に捨てられちゃうじゃねぇかよ」
そう言った表情までは読み取れなかったが、悲しげな声をしていた。
人が心から好きなのだなと分かる表情である。どうだっていい奴はそんな表情はしない。
これから彼はどんな思いで生きていくのだろうか。
「おまっ!!俺の柏餅とんじゃねーっ!!」
幼子と柏餅を奪い合って駆け回るカープの姿が見えた。まだまだ不慣れな笑顔が浮かんでいる。
幸せだといい。ロジェは思った。
「ロー君、柏餅もらってきたよー♪」
皿の上に大量に柏餅を積んだフィーリは嬉々とロジェへと駆けて来る。
「こしあんとー、つぶあんとー、お味噌、どれがいいー?」
「どれでもいい」
そういいながらロジェは積まれている山から一つ取り、口へ運んだ。柏のまだ若い匂いが広がる。どうやらこしあんだったらしく上品な甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しいねー♪毎日食べたい位だよっ♪」
「だな」
後で作り方を聞いてみよう。材料が揃うのなら作ってやってもいいかもしれない。
「柏餅もらうときにね『子孫繁栄になるから彼氏のためにもいっぱい食べなさい』だってー♪」
僕恥ずかしかったんだからー♪、とフィーリはへらへらと言う。今更だが赤いリボンに同色のワンピース、ピンクのカーディガンと確かに今日の格好はどこからどう見ても女性にしか見えない。だが。
「否定しろ」
「嫌だね。面白くないじゃないかっ♪」
にんまりと笑んだフィーリにロジェはため息をついた。ため息をつくしかなかった。
絶対フィーリには作らない。そう心に決めてロジェは天を仰いだ。夕暮れ時。赤焼けの中、鳥が鳴く。
「フィーリ」
名を呼んだ。僅かに笑みを浮かべて。フィーリは謳うように返した。
「なぁに、ロー君♪」
影が差す。明るい影に被さりながらロジェは言った。
「どうやって帰るんだ」

                                        コイ、焦がれる先に   Fin

by vrougev | 2007-05-05 23:31 | キセツモノ