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流星のように瞬いて   4

次にロジェが気付いたのは見知らぬ洞窟の中だった。灯り一つない場所に自分は横たわっている。
ゆっくりと体を起こし、辺りを見回すも闇に包まれていた。次第に目が慣れるもやはりこんな場所に来た覚えはなかった。
「・・何処だ、此処は・・。どうしてこんな所に・・フィーリが連れて・・きたのか?」
「急いでいたから体を借りた。此処はタツメ山の中腹の洞窟だ」
いつの間にか横に男が立っていた。闇夜にぼんやりと姿が浮かぶ。何事も無い顔で「大丈夫かい」と言う男は前にも増して輪郭が薄くなっている気がする。ロジェの視線の意味に気が付いたのか男は苦笑し「これ?」と手を振った。
「本当はもっと進もうと思ったんだけれどね、私では此処までが限界だった」
「力が弱いのか」
弱い力の人ならぬモノが力を使うと存在自体が消滅すると聞いたことがあった。
「齢の割には弱いのかもしれないね。一年でこの時期しか出てくる事が出来ないから、仕方がないのさ」
だが力の弱いモノなら人を弱らせ、体を乗っ取る事など出来ない気がする。フィーリにでも訊ねればこの男がどの程度の力を持つものなのか分かるのかもしれないが、生憎と魔術師は此処にはいない。
大丈夫だろうか、と自らの身より先に心配するのは最早癖である。嫌な癖を持ったものだ。
「私が離れているから身体が軽いだろう。悪かったね、苦しい思いをさせるつもりではなかったのに」
その言葉でロジェはやっと自分の身体が正常に動く事に気が付いた。極度の寒さも、震えも、麻痺もない。
試しに腕を回す。いつものロジェの体だった。全ての元凶はやはりこいつだったのか、と言うところだ。
ロジェは安堵と疲れの混じったため息を一つ吐き、男に向き直った。
「詳しい事は聞いてなかったな。お前、一体何者だ」
その言葉に男は驚いたように目を丸くする。
「・・・知りたいのかい?取り憑いた相手の事を?」
「当たり前だ」
乗り移られて散々な目に遭い、また約束を果たすため共にいる以上聞かないわけには行かない。
「聞いても・・楽しい話ではないよ?」
「構わない。まずは名前だ。なんと呼んだらいいか困るからな」
男は迷うように視線を彷徨わせ、俯いた。
「・・・私にも自分自身の名は分からない。永い時の中で消えてしまった」
自嘲じみた男の笑み。
「昔、遥か昔だ。此処には大いなるモノと呼ばれる天神を祭る村があった」
暫くして、ゆっくりと男は語り始めた。こうなる全ての顛末を。

同じ時、フィーリはとある村の図書館にいた。杖を光らせ、室内を僅かに照らす。
閉館時間をとっくに過ぎた暗い部屋に忍び込み、片っ端から本のページを捲り続けている。
探すものは遥か昔の歴史。この村が出来る数百年も前の物語だ。
あの医者は言った。この時期に必ず男の亡霊が出て、そして必ず一人の男が行方不明になるのだ、と。
伝承ならともかく現在も続く怪奇を村人達もぺらぺらと旅人に話すはずもない。
ロジェが出会ったのはそれに違いないだろう。だが、フィーリが気になったのはそこではない。
それは村が出来る前から続いている、と言うことだ。
「あ、あった・・・」
フィーリは声を上げた。内容は男の亡霊の怪奇。過去の犠牲者と・・全ての経緯が載っていた。
ぼろぼろの本。表紙の箔押しは既に擦り減り、読めなくなっている。これでは読む人がいないわけだ。
フィーリが小言で魔法を唱え表紙の文字を指で丁寧になぞると、まるで指で紡がれたようにするするとタイトルが刻まれていく。表紙にはこう記されていた。
『伝承 あきさり村』

by vrougev | 2007-07-07 20:07 | キセツモノ