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流星のように瞬いて   6

ロジェが山頂へ登りついた時、辺りは霧に満ちていた。雨こそ降ってはいなかったものの鬱蒼としているのに変わりは無い。木々を、草々を掻き分けやっとの思いで頂に着いたのだ。
「つ、着いたぞ・・・」
流石に登り通しだったためかロジェの顔には疲労の色が見えている。
「此処が・・・タツメ山頂・・」
男は惚けたように呟く。その姿は嬉しさのあまり何をしていいか分からないといった様子だ。
「やっと・・やっと私は此処にたどり着くことが出来たのか・・・」
男はふわりとロジェの横をすり抜け、山の頂上の更に奥へと進む。
「タツメ!タツメ!!私だ!!!やっと貴女に会いに此処まで来た!!お願いだ!橋を下ろしてくれ!!貴女の美しい顔を見せ、私の名を呼んでくれ!!」
タツメ。それは自らの名をも忘れた男が覚えている愛しき名前。必死の響きがロジェにも伝わってくる。
「返事をしてくれ!タツメ!!」
叫ぶ男に対し、声は意外なところから意外なものが返ってきた。
「タツメさんは、もう此処にはいないよ」
頂と崖の境目に立っていた。長い髪を靡かせ、振り返るその人物に今度はロジェが声を上げた。
「フィーリ!!」
「ロー君、心配したよ」
僅かに口元だけで微笑んだフィーリは再び男のいるほうを向く。
「ごめんね、僕、幽霊だけは視えないんだよね。けれど怨霊なら見える」
どう違うんだ、どう。
「今、僕に君は見える。だから貴方は怨霊。・・ねぇ、過去に何人を殺したの?」
「っっ!!」
ロジェは驚き、男を見る。男は俯いていた。
「仕方が・・なかったんだ。此処にくるのは私一人では無理だった。だから他人の体を使うしか・・」
「違うよね、それだけじゃないはずだよ」
フィーリはそう言うと懐から一冊の本を取り出しぱらぱらと捲った。黄ばんで掠れてしまっているそれはまるで今にも朽ちてしまいそうな本である。
「この本の中には貴方と彼女、そして村と大いなるモノの物語が載っている。その村は貴方を殺した数年後に村人が発狂、そして皆殺しになり全滅となった。・・発狂させたのは貴方でしょ?」
男は答えない。ロジェは信じられず驚くばかりだ。この男が人殺しの引き金を引いただと。
「村人が全滅した事によって大いなるモノ、天神と呼ばれるモノを崇める人はいなくなった。よって、天神はこの世から消滅する事になる。貴方は其処まで知っていて全員を殺したの?」
男に表情はなかった。虚ろな目でフィーリを見ていたが突如にやりと笑った。邪なる笑み。
「あぁ・・知っていた。崇められる神は崇める存在がいないと消滅する道しかないと。だから私は復讐する事にした。発狂させ、村人同士を殺させる。平和な村でそんな事が起これば連鎖する事は目に見えていたからな。奴らも天神も私にとっては敵だ。彼女と再び暮らすためには邪魔な存在でしかない」
ふふふ、と不審に呟く男にフィーリは尚も語る。その目に浮かぶのは僅かな哀れみ。
「けれど、貴方には一つ知らなかった事がある。それは天神の消滅は彼によって生かされていたタツメさんの消滅でもあるという事。彼女はもうこの世にはいない。橋を降ろす事はないんだ」
「そんなっ!!嘘だっ!!」
本当さ、とフィーリは空を見上げる。男はまるで壊れたかのように「嘘だっ!」と叫び続けている。
「天神は消滅する前に彼女をある姿に変えた」
天を指差す。空には霧が漂う。けれどもその中で輝く一つの星があった。
「彼女は空で泣いている。穢れてしまった貴方にはもう聞こえないだろうけれど」
フィーリはそういうと背中から杖を抜いた。闇夜に宝玉は輝く。
「彼女からの依頼だ。怨霊は成仏しなきゃ。だよねっ、ロー君♪」
突然名前を呼ばれ、一瞬反応が遅れた。フィーリはいつもと変わらない飛びっきりの笑顔を見せる。
「・・・・だな」
「成仏など・・・するもんかぁぁっっ!!!」
男の叫びと同時に風邪が吹きすさび、岩がフィーリ目掛けて吹き飛ぶ。それを見てロジェは駆け飛び、剣を抜き、閃かせる。岩はフィーリに届く事無く崩れた。
「フィーリ=メ=ルーンが命じる。この穢れし魂に救済と眠りを」
魔術の詠唱が始まったと同時に男は苦しみだした。頭を押さえ、地に跪き、呻く姿。
フィーリを背で守りながらロジェは苦しむ見知った顔を直視する事ができなかった。
「さぁ、世界よ!僕の願いを叶えたまえ!!」
フィーリは杖を天に掲げた。
「転生し者の名は・・シチセキ!」
その声に導かれたのか男が白い光に包まれる。もう苦しんではいない。それよりも紡がれた名前に驚いているようだった。失われた名が時を越えて戻ってきたのだから。
「シチセキ・・・そうか、それが私の名前・・懐かしい・・・」
消え逝く姿の男は、いやシチセキは今まで見せた笑顔の中で最も輝いていたように思う。
最期にシチセキは何かを呟いた。それは響く事はなかったけれどなんとなくロジェには分かる気がした。
「安らかに眠れ」
ロジェは言葉を送る。来世ではいい人生を。

by vrougev | 2007-07-07 23:11 | キセツモノ