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時に魔術師は

ふと、夢から覚める。いや、覚めるものは自らに掛けた術であろうか。
そしてぼんやりとした眼でその手の内にあるモノを見つめるのだ。

「何だろう、これ」

砕けた象徴。声にならないナニカ。欠けたピース。余った鎖。
そして目の前で流れる鮮やかな滝、止まる事はない。
段々とはっきりしていく意識に、寂しそうに微笑んだ。

「あぁ、そうか」

魔術師は救い上げた其れを部屋の隅へと連れて行った。
小さくて大きな箱がぽっかりと口を開けている。

「久しぶりだね」

箱は言った。旧友に話しかけるような親しみを持った口調。
答えはない。ただその手の内にあるモノをじっと見つめていた。

「本当にいいのかい」

案じるような確認。単調な抑揚の無い声は言う。

「えぇ」

箱の上に両手を伸ばし、ゆっくりと傾けていく。

「これはもう、きっと、誰にも望まれていない」

さら、さら、さら。零れる、零れる、零れる。
砕けた象徴。声にならないナニカ。欠けたピース。余った鎖。
全ては飲み込まれ、渦巻き、忘却の彼方へ。輪廻も転生も無い世界。

あぁ、きっと其処は真っ暗なんだろうね。それとも、真っ白なのかな。
そもそも無と言う空虚が広がる中に色なんてあるのだろうか。

全ての砂を世界に還した罪深き魔術師は言う。

「新しいマスターの元で幸せになれますよう」



どうか、その僅かに残った意識が汲み取られますように

by vrougev | 2007-11-29 16:25 | 小話