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ユール・カルーセル・ディズ   2

そうして、時は過ぎ行き、十二月二十四日。
世間的にクリスマスイブと呼ばれる日にロジェは一人、市街地を歩いていた。
しとしと、と降りしきる雪は今晩の聖夜を予感させるように降り注ぐ。
一体、俺は何をすればいいんだか。
疑問を抱えながら道を行く。手に赤い靴下を持った子供が楽しそうに走っていった。
いつも腕に張り付いているフィーリはいない。
「今日はロー君のプレゼントを買うから別行動ね♪夜になったら交換しよっ♪」
いつもよりも何時間も早く起きたフィーリは鼻歌を歌いながら言った。
それが今朝の話。そして、現在に至るのだ。ロジェの横を寄り添う男女が通り過ぎる。本来ならばそういう日なのだな。ロジェは横目で其れを眺めながら溜息をついた。
何をすればいいか、本当は知っている。お互いにプレゼントを買う、俗に言うプレゼント交換をしたいとフィーリは望んでいるのだが、問題は其処ではない。
アイツは一体何が欲しいのだろう。
洋服が欲しいだの、魔術具が欲しいだの。散々日ごろから聞かされているはずなのにフィーリが今、一番何がほしいかをロジェは知らないのだ。
「何も知らないな…よく考えれば」
らしくない自嘲が華やかな町並みにぽつりと落ちていった。

クリスマスイブの日に一人で歩いている美女がいたらどうするだろうか。
「あはー♪ごめんねー、僕、用事があるんだっ♪」
何度目かの台詞を笑顔で言いながらフィーリは男達から去っていく。
紅いチェックのワンピース。所々に白いフリルにリボンが付いている。艶やかな長髪は同じく紅い大きなリボンで結われていて、ぱっと見は可愛らしい少女である。
ナンパする男がいるのは当然かもしれない。そんな愚かな男達を振り断り、或いは杖で殴り倒しながらフィーリは一人歩く。一人でこうやって歩くのは久しぶりだ。
「そういえば、ロー君は何が欲しいんだろう」
手に赤い靴下を持った子供達が走りまわる姿を見ながらフィーリは呟く。
よく考えたらフィーリはロジェの事をあまり知らない。フィーリが女装したり、過度なおねだりをしたりすれば怒ったり、呆れたりはするものの基本ロジェは無表情である。昔は其れに冷徹と言った印象がプラスされていたが、最近は苦笑するかのように笑うことの方が多いかもしれない。ナイフやら刀やらと言った刃を多く持っているが特に刃物マニアではなさそうだし、本は常にある程度の分厚さの古びた文庫本を読んでいる。後は、料理が凄く上手というところだろうか。剣士をやめて、料理人にでもなったほうが良いのではないだろうかと思ってしまう程にロジェの腕は良い。
「んー…でも、きっとロー君は喜んでくれるよねっ♪」
何を選んでもきっと苦笑して不器用ながらもお礼を言うのだろう。フィーリは知っている。ロジェは一見無愛想に見えるも実は誰よりも多くのことを気に掛けているのだ。フィーリの横を寄り添う男女が通り過ぎる。女性が男性の頬にキスをした。男は照れたように女性の手をぎゅっと一層握る。見てしまったフィーリにも自然と微笑みが漏れてしまう。幸せが溢れている。平和なんだなぁ、と感じる光景でもあった。
その平和の中に平和でないものが混じっているのをフィーリは感じ、名を呟く。
「……飛鳥?」
男は背後にいた。目深に帽子を被り、マフラーを巻いている。ぱっと見は何処にでもいそうな男だが彼から発せられる力の強さは比較できるものではない。飛鳥はくくっとおかしそうに笑った。
「気配を消してもばれたか」
「飛鳥は嘘つきだなぁ、全然隠れて無かったよ?」
フィーリのにこにこと笑いながらの言葉に飛鳥は苦笑しながら人々を指差す。
「けど、一般市民は気付いていないだろ?」
「確かに。で、今日はどうしたの?僕を追ってきたわけじゃ…なさそうだし」
格好が私服、という判断からの意見だ。魔力を使った様子も見られない。
「今日は仕事だ。残念ながら、な」
「ふぅん」
あえて何の仕事かは聞かなかった。自ら藪から蛇を出す必要は無いのだ。
「お前こそ、一人でいるのは意外だな。夫婦で喧嘩でもしたか」
くくっと再び飛鳥は笑う。常に何かを楽しんでいる男である。違うよぉ、とフィーリは頬を膨らませる。
それ以前に夫婦じゃないし。仲は良いけどね、とフィーリは小さく付け加えた。そんな様子をおかしそうに見ていた飛鳥は微笑みながら真面目な声音で言う。
「フィーリ、気をつけろよ」
「何に?」
突然の忠告にフィーリは目をぱちくりさせたが、飛鳥は笑みを崩さずに続ける。
その笑みはいつものように不敵であった。
「変人に、さ」

by vrougev | 2007-12-19 23:27 | キセツモノ