ユール・カルーセル・ディズ 3
明るい場所にも暗い影は出来る。装飾された飾りが何者かによりすっかり取り払われた路地裏で影は動く。身を顰めた男はちっと舌打ちした。辺りには誰も居ない。
「あいつ等、こんな所まで追ってきやがったのか。しつこい国家の狗が!」
苦々しげに吐きだす言葉とは裏腹に口には笑みが浮かんでいる。
「まぁいいさ。この俺を見くびるなよ」
「あれ、もしかしてロジェさんですか」
ショウウィンドウの前で一人悩んでいたロジェは少女の声に振り返った。変わらぬ人混みの中、黒髪黒い瞳の少女は駆け寄ってくる。その声、そして姿には見覚えがあった。世界的魔術機関と呼ばれるCIRCLEの一員。
「伊妻……静羽だったか」
五本の中の一人。風の柱と異名をとる少女は「はい」と微笑みながら答えた。一見すると何処にでも居るような儚い純情そうな美少女であるのだが、その身に秘めた魔力は相当なものである。だが、今日の彼女はCIRCLEの証である白いローブを着ておらず、黒いショートコートに紺のチェックスカート。清楚な静羽には良く似合う格好だ。
「お久しぶりです。…今日は、フィーリさんは一緒じゃないのですか?」
横にいないことを確認するかのようにひょこりと覗く静羽にロジェは今自分が一人でいる経緯を話した。聞き終わった静羽は「フィーリさんらしいですね」と感想を述べて控えめにくすくすと笑う。笑うたびに肩で揃えられた真っ直ぐな髪の毛が揺れる。
「なるほど、だからプレゼントを探しているんですか。いいものは見つかりました?」
「いいや、全くだ。あいつが欲しいものの検討も付かない」
本当に想像すら付かないのだから肩を竦める他無い。ところで。
「お前はどうして此処にいるんだ?」
此処は要の国からも遠い位置にある。彼女ほどの魔法使いには距離など関係ないのかもしれないが、どうしてと訊ねずにはいられなかった。
「私は…一緒に夕京といたんですけれど…はぐれてしまって…」
夕京…と言うとあの元気溢れる少年か。ロジェは記憶を辿る。
彼もまたCIRCLEの一人で炎の柱。男子にしては小柄な体に爛々と輝く瞳があったのを覚えている。元気ハツラツ。其の言葉が良く似合う少年だった。
確かに他人を省みず何処かに行ってしまいそうな性格であったな。
そうか、と返事を返したロジェがふと横を見ると困ったように視線を伏せ、口元に手を添える静羽の姿。無意識だろうか。唇と指の隙間から「どうしましょう」と呟きが漏れる。困っている人を放っておくわけにも行かず。ロジェは一つ息を吐いた後、静羽の頭にぽんと手を置く。驚く静羽にぶっきらぼうにロジェは言った。
「探すのを手伝おう」
ありがとうございます、とやや上ずった丁寧なお礼を背で聞きながらロジェは思う。
これといい、フィーリの我侭を許す点といい、我ながらお人よしな性格になったものだ、と。今の自分はプレゼント探しに手一杯でそんな余裕など無いというのに。
ロジェは僅かに苦笑を浮かべた。その笑みは変わったお人よしの自分に向けて、なのか。それともそんな事に手一杯になっている情けない自分になのか。
「ロジェさん…楽しいことでも思い出しましたか?」
ロジェの横を歩こうと早足になりつつある静羽は彼が笑っていることに気が付く。
「いや、なんでもない」
慌てて剣士は否定し、微笑引っ込めたものの。
「……優しい、笑みですね」
とても幸福そうな顔でロジェは微笑んでいたのだった。
by vrougev | 2007-12-24 01:52 | キセツモノ