ショコラーテで乾杯を 1
バレンタイン
それは女性を幸せにする日か。それとも男性を不幸にする日か。
いいや、その日はもっと別の―――。
男女共に浮き足立つバレンタインの日、ロジェとフィーリはある一つの街にいた。
大して大きくもなく、かといって小さくもない。
田舎と都会の丁度真ん中という言葉がよく似合う街の風景を二人は歩いていた。
いつもの様にロジェの腕にはスカートを履いたフィーリが抱きついている。いつもの事だ。気にする素振りもない。
「懐かしいな」
初めに声を上げたのは珍しい事にロジェだった。懐かしさに目を細めるその顔には笑みが浮かんでいるようにも見える。そんなロジェを楽しそうに見上げながら。
「だねぇっ♪」
ロジェの腕に頬を寄せながらフィーリも笑顔で言った。
「カカワトル、元気にしてるかな?」
それは数年前の話である。まだ二人が出会って旅を始めてから半年位。
バレンタインからそう離れていないある日からこの話は始まる。
「ねー、ロー君?今年のチョコレートは何味ー?」
「……バレンタイン?あぁ、そんな季節か」
ロジェ=ミラ=クレセントと言う男にとって、バレンタインと言う日は普段となんら変わり無い一日でしかなかった。
故に忘れていたのである。今こうして聞かれるまで。
ロジェの冷めた表情と対照的に彼の腕に抱きついている女…の姿をした男、フィーリ=メ=ルーンは両頬をむぅと膨らませながら口を尖らせる。
其の腕を引き離そうと先程から試みているものの離れる様子は無い。
「ひっどーい!僕はずっと、ずーっと楽しみにしてたのにっ!!」
意地悪ー、と呟く薄茶の切り整った前髪の向こう側の半眼の瞳からして怒る、というよりは拗ねているようである。
ロジェの腕を一層ぎゅっと一層強く抱きしめ体重を掛けるフィーリにロジェは「悪かった」と何が悪いのかもよく分からぬまま呟いた。
「だが、思い出したんだから文句はないだろう」
文句を言われる筋合いはない、と言う意味でロジェは言った。
しかし、言葉とは難しいものである。
「じゃぁ、作ってくれるんだねっ!?」
「……は」
文句を言われる事はなかった。だが、どうしてそういう結論になるのかはさっぱり理解できない。
ポジティブとも自己中心的とも取れるフィーリの思考。
呆気にとられたままのロジェに止めを刺すようにフィーリはにっこりと微笑みながら言った。
「わーいっ♪ロー君流石ぁー♪」
どうやら自分は何かしなければいけないようだ。
何故、と問い返してもきっと其の笑みに押し切られることだろう。これまでがそうだったように。
何が、どうなって、そうなった、のかが未だ理解できないロジェでも一つだけ分かる事があった。
「其の呼び方を止めろ。そして張り付くな、離れろ」
とりあえず言っておかなければ。
この日を境にロジェ=ミラ=クレセントにとってのバレンタインはゆっくりと変わり始めることになる。
by vrougev | 2008-02-04 03:50 | キセツモノ