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ショコラーテで乾杯を   5

深夜未明、街に二頭の馬に牽かれた襤褸切れを被った馬車が街を走る。
立派な街並みと襤褸馬車はミスマッチであるがそれを見て笑う人はいない。
こんな夜中、外に出ている人などいないのだから。
かたかた、と不安定な音を立てながら確実にある店へと歩を進めていた。
いや、一人。馬車が向かう通りの店店の境、路地裏に体をねじ込み息を潜めて其れは時を待っていた。この場所を馬車が通り過ぎるのを。
其れ、の正体は巷を騒がせる泥棒、名をカカトワルと言った。
忘れられた自分はある思いを胸に人混みの中で自らそう名乗ったのだ。
泥棒、と自らを落とす語まで付けてまで盗む理由が自分にはあった。
本当は怪盗と名乗ったほうが格好いいのかもしれない。だが、自分が行う事が神々しくもなく、社会の迷惑となっている事を知っている。
それに“快楽”のためではなく“苦痛”のために自分は盗むのだ。
怪盗とは天と地の差がある。
手には疑似ナイフ。腰には本物を差している。誰かを傷つけたことはない。
月夜に照らされてみるナイフはいつもの友である時とはまた違った顔をしていた。
恐ろしく、それでいて魅力的だ。今の自分ならなんだってやれる気がする程に。
ひぃぃん…、という控えめな馬の鳴き声が聞こえ、はっと我に返る。
いけない。気を緩めてしまっていた自分に気がつき、現実に戻るため深く一呼吸をする。
大丈夫、今日もいつもと変わらずいけるはずだ。
がた、ん。
止まった馬車に目星を付け、静かに身を動かす。
暗殺者は影に身を溶け込ませるように動くと言うが自分にそんな芸は無理だ。
大きく自身の影が動く。ビル陰に地面に人影がゆらり。
大丈夫、誰にも見られていない。この馬車の手綱を引くものさえ黙らせてしまえば。
慎重に御者席に近づき、中を窺った。中は付き人は居らず一人。
表情こそ窺えないものの毛布の掛かった姿から見て、すっかり寛いでいる様子だ。
今だ、今しかない。
荷台側に駆け足気味に走りより、後ろの襤褸切れの開いているところから飛び乗った。
中は暗い。そして、やけにがらりとしているなと言う印象を持った。
がた、り。
荷台が体重により傾いた一瞬。自分が足場を確かめた一瞬だった。
状況は変わった。
伸ばした手は何者かにばちりと叩かれ自分は慌てて手を引っ込める。
そして、自分の体にいつの間にか縄が巻かれている事に驚き、目を見張った。
「な…!?」
思わず漏らした声に慌てて唇を噛む。だが自分は其のとき全てを察していた。
何てことだ、これは元々罠だったのか。
驚きに笑い。聞き覚えの在るやけに明るい声が後ろから掛けられた。
「ざーんねん、馬車にチョコレートなんてはいってないのでしたー♪」

by vrougev | 2008-02-14 21:48 | キセツモノ