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ショコラーテで乾杯を   6

「この男か」
御者室で囮となっていたロジェが事の終りを聞きつけ降りてくるとフィーリが一人の男を縛りつけ、ブイサインを向けていた。男の歳は二十台後半といったところか。きっ、とフィーリとロジェを睨みつけてくる。
「ふぇねー、こほひほねぇー」
見覚えない紅色キャンディーをにこやかに舐めているフィーリの言葉は聞き取れない。
「なんて言っているのか分からん。そのキャンディーどうしたんだ」
因みにロジェが買い与えた覚えはない。
「んー、キャンディーは行き倒れていたらくれたんだっ♪」
「…………」
毎日三食フィーリの飯を作っているロジェの心境を他所にフィーリは舐める?と無邪気に尋ねた。いらない、とロジェは答えて睨む。
「知らない人からモノをもらうな」
「知った人だよ、今はっ♪」
知り合いがいたのか。
驚くロジェにフィーリは首を横に振り、半分程溶けたキャンディーで男を指した。
「この人がくれたんだっ♪」
視線を向けたロジェにフィーリは続ける。
「ねぇ、デメル=ショーティ」
名乗っても居ないのに名前を呼ばれたことに驚いた男、デメルにフィーリは微笑む。
「プロでもない君がチョコレートを奪った理由を教えてくれないかな?」
その優しげな声音に思わず頷いてしまったデメルを見て、ロジェは影で溜息をついた。
また一人、この男の策に堕ちた、と。

デメルは洋菓子店に生まれた。小さなちいさな洋菓子店だった。不自由はなかった。
父の作る姿を見るのは好きだったし、共に生きる母の姿も生き生きとしていたから。
よくある子供の将来語り。デメルは揺らぐ事無く一言を貫いた。
「僕も将来絶対にパティシエになるんだ!街一番の美味しいケーキを作る!!」
言葉通り、成長したデメルは父の後を継いでパティシエになった。
平凡な、穏やかな日々の中で彼はケーキを、菓子を作り続けるつもりだった。
だが、日々はある日を境にがらりと変わる。
彼の店の隣に洋菓子店が出来たのだ。大都市にある店のチェーン店だった。
店名は『エスプリット』

「それからの俺の生活は悲惨なものさ。客は全てそっちに流れた。取り戻そうと足掻く毎日の中、父は過労で倒れて母は死んださ、妹も伏せっている」
場所は目立つ襤褸馬車からデメルの店『キャロブ』の厨房へと場を移していた。
デメルは話を誰かに聞いて欲しかったのかもしれないとロジェは話を聞きながら思う。厨房へと映った途端、デメルはまるでダムの関を切ったかのように止めどなく自分の事を話し始めたのだ。今にも泣きそうな自嘲の笑みをずっと浮かべたまま。
「今も食費だって稼げないほどさ。家族の中で働けるのは俺だけだ」
「だからチョコレートを盗んだの?」
頷いたデメルは言う。
「今は稼ぎ時だからな…奴等に仕返ししたくて……」
その顔色にはロジェとフィーリに見つかったことにより既に後悔の色が出ている。
「考えが馬鹿だな」
「あはは、ロー君ズバッと言いすぎだよぅ♪」
にこやかに其の言葉を肯定するフィーリは口にクリームとフォークを咥えている。
「そんな事するまでも無く此処のケーキ美味しいと思うんだけどねぇ…」
勝手に食べるなと諌めるロジェの口にフィーリはケーキをフォークを無理矢理突っ込んだ。呼吸が出来なくなりげほげほと咽るロジェを横に「美味しいでしょ」とフィーリは笑った。落ち着いて味わえは確かに味は悪くない。クリームは甘すぎず、べた付かず。フルーツが混ぜられているがしっかりと風味と感触が残っている。
甘いものを好まないロジェでもこれならば食べられる…かも知れない。
ぺろりと口に付いたクリームまで舐め取ったロジェの姿を見てフィーリは自信満々に言った。
「ほら、甘いものをあんまり食べないロー君も食べたんだよ!味自体は悪くないじゃないかぁっ♪」
「だけれど……」
フィーリは首を傾げる。彼が導き出した結論はあまりにも単純でいて的確で、無礼。
「売れないのは君のせいじゃない?」

by vrougev | 2008-02-14 21:49 | キセツモノ