ショコラーテで乾杯を 7
「なにを……!!」
驚きと怒りを湛えた瞳に睨まれてもフィーリは臆した様子も悪びれた様子も無く言う。
「腕は悪くないんだよね、確かに向こうのケーキも美味しいんだけどさぁーっ♪」
「そんなもの…いつ食べた」
飢え死にしそうだったときにもらったのか、と問うとフィーリは首を横に振った。
「チョコレートを明日届けますっ♪、ってお知らせした時っ♪」
そういえば手に入れたチョコレートを明日配ると言う話だったか。
もしそうならこの男を民衆の前に突き出さなきゃいけないのだろうか。
「本来なら自治体に君を渡そうと思ったんだけどぉ…」
ロジェと同じことを考えていたのかフィーリは口を開きながらちらり、とロジェのほうに視線を投げた。それに気が付いてしまったロジェは背中に悪寒を感じる。
とても嫌な予感がする。
「だけど?」
デメルは問い返す。
心情としては問い返して欲しくない、がそうしてくれなけれは話は進まない。
「僕も美味しいチョコレート食べたいんだぁっ♪」
満面な笑み。フィーリは欲望にとても忠実だ。計画を覆すのはいつもの事であり。
「だからちょっとだけ賭けて見たくなった♪」
そして人に幸せを呼ぶと言う魔術師でもあったりなかったり。
「僕は明日の昼にチョコレートを奪われたお店に配りに行くよ」
明日の昼。計画は朝だったはずだが多少遅れても言い訳は付く。むしろ多少遅れても大層有難がられるであろう。待ちに待ったチョコレートを運ぶのだから。
「これで盗難騒ぎはとりあえずチャラになるよね、忙しくなるからさー♪」
なるかどうかは疑問である。が、突っ込むべき場所は其処ではない。
「だからロー君とディメンは今から美味しいチョコレートを考えてねっ♪」
「待て、話が見えない」
何故其処でロジェの名が出る。そもそもロジェは菓子なんて作った事ないと何度も。
フィーリに詰め寄るロジェにフィーリは微笑んだままそっとロジェに手を伸ばした。
其の手は、腕は首に掛けられ、抱きつくように体を寄せられる。
「ねぇ、ロー君、この町に入ったときに約束したよね?」
咄嗟に体を引こうとしても無駄だった。耳元でフィーリは囁く。
「僕の約束、聞いてくれるよね?」
誓ったものは破ってはいけない。破れは………?
「大丈夫、ロー君なら出来るよ。絶対にね♪」
魔術師の優しげな微笑の、言葉の裏は一体。
ロジェは知っている。魔術師の問いの答えはいつ何時も一つしかない。
「……分かった」
「ありがとうっ♪」
不思議とやる気が起きるから困る。なるべくならば厄介事は控えて欲しい。
そう、終わったら文句を言ってやろう。だから、やるのだ。
「おい、お前、悪いが参考になりそうな本を片っ端から持ってきてくれ」
「え、あ、う、あ?」
話に付いていけてないデメルにロジェは前髪を掻き揚げながら言った。
「作るんだろう、美味しいチョコレートを」
なんとかなるならやってやろうじゃないか。
「あの時が本当にはじめてだったんでしょ?お菓子作りっ♪」
あの時と変わらず着飾ったフィーリは上機嫌のままロジェと歩く。
「あぁ」
ロジェの脳裏には数年前のことがまるで数日前の事の様に思い出される。
あの数日、確かに自分は必死だった。そして、それが繋がり現在に至るのだ。
「だけど、完全にロジェの趣味だもんねー♪」
「嫌なら作らないが」
「ごめんなさいっ!だから……」
機嫌を伺いねだる様に上目遣いのフィーリにロジェは微笑む。
「あぁ。後で、だな」
其れは小さな約束。我侭な束縛。
手作りのチョコレートをあげる、と言う数年前の誓い。
「此処だな」
在る通りでロジェは足を止めた。何処にでもあるような石造りの通り道。
ロジェとフィーリの目の前には一軒の立派な店が建っている。
一体何の店なのかが分からない程、多くの女性の人混みと長い長い行列が出来ていた。
幾つもの甘い香りと、笑顔を咲かせているこの街きっての有名店。
「凄いね、隣の店が小さく見えちゃうぐらい大きいじゃないかぁっ♪」
洋菓子店『キャロブ』は確かに人々に思い出されていた。
ショコラーテで乾杯を Fin
by vrougev | 2008-02-14 21:50 | キセツモノ