人気ブログランキング | 話題のタグを見る

葉守、柏手を叩きて   1

在る朗らかな五月晴のある日、ロジェは全速力で駆けていた。
小脇に剣を、そして魔術師の手を引きながら余裕の無い表情で後ろを振り返る。
「くっ!まだ追ってくるか」
諦めという言葉を知らないか。後ろから追ってくる姿を再確認しロジェは舌打ちした。
全くもって良いことがない。いつものことだが。
若葉に美しい山道。出来ることならばこんな道はのんびり歩いて通りたい。
何故こんな事になっているんだ。らしくなく焦っているロジェは考える。
全ては一人の魔法使いの我儘から。そんなのは分かっている。最早考えるまでも無い。思い出せ、ロジェ=ミラ=クレセント。一体何が原因でこんな事になった。
「ロー君!」
思考から切迫した現実に引き戻すかのようにフィーリが進行方向を指し、叫んだ。
切り立った崖。切り開かれた空が広がる。重みで崩れたのか、今だ安定しない地面はぼろぼろと緑を土色を更なる下の大地へと還していく。背後に逃げ場は無かった。
横目に見やる。道無き道に生える木々は柏。生える草々は蓬。
あぁそうだ、事の発端は……。

「柏餅が食べたいのっ♪」
背中から覆いかぶさるように抱きついたままフィーリは言う。ぱっと見は可愛らしいと表現するのが正しそうなスカートの少女…の振りをした青年は恋人に甘えるかのように抱きつく腕の力を強め、更に甘い声で囁いた。
「ねーぇ?駄目?駄目?」
はっきりとしたおねだり。この男の正体を知らない人間ならばその容姿で騙されるのだろうか。正体も性格も完全に知りうるロジェは馬鹿らしい自らの疑問を振り払いながら静かな声で「駄目だ」と告げる。
「耳に息を吹きかけるな。離れろ、暑い」
五月某日。某日と記すにはまだ数日しか経っていないから正しくはないのかもしれない。まるで夏並みの気温を叩き出した今日、ロジェとフィーリはいつものように旅を続けていた。目的ある当てのない旅は終わる気配が見えない。
「暑いのはロー君が未だに亀首さんだからじゃないかぁー」
「亀首?」
「タートルネックの事ー♪今はハイネックって言うよねっ♪」
確かに亀首。いや、そんなことはどうでもいいのだが。人の首に指を這わせ、襟とも言える覆う部位をずり下げているフィーリの手を払う。
「柏餅なら今度あの村に行けばいいだろうが」
丁度去年、ロジェとフィーリは新型移動魔方陣の暴走と矢張りこの男の我儘により見ず知らずの土地へと飛ばされたのだ。其処でまぁ色々とあり、去年は美味しい柏餅にありつけたのである。色々の結果により恩人として丁重に扱われるはずだ。第一この季節柏餅など何処にでも売っているのではとロジェは思うのだがフィーリが意味していたのはどうやら違うようだ。ふるふると首を横に振ったフィーリはにこやかに笑う。
「ロー君の作った柏餅が食べたいのっ♪」
「却下」
反射神経での否定。この男と接していると必然的に否定の早さに磨きが掛かる。
「えー!」
勿論、当然のように不満声が返ってくる。
「第一、誰が作る」
「ロー君♪」
此処で「そんなもの作れるわけ無い」と言うことの出来ないロジェはぐっと言葉を詰まらせる。去年、色々あった時に作り方を教えてもらった事実があるだけに、だ。
「…誰が材料を手に入れてくるんだ」
「僕とロー君♪」
にっこり。満面の笑みにロジェはため息しかでない。深く息つくロジェの様子をまるで見えていないかのように受け流し、フィーリは続ける。
「この近くにねー、柏が自生している山があるはずなんだっ♪だから、そこで葉っぱとって来て…あ、中は蓬餅がいいなぁっ♪緑のコントラストが綺麗そうじゃない?中は餡子もいいけど味噌も良いなぁー♪あ、何もなしって言うのもいいよね!シンプルイズザベストって感じでっ♪きっとロー君が作るものだから美味しいだろうしー…」
尚も続くフィーリの柏餅談義にロジェが更に深いため息と共に肩を落としたのは言うまでも無い。

by vrougev | 2008-05-02 00:00 | キセツモノ