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葉守、柏手を叩きて   2

葉を数枚貰いにきただけのはずだった。唯の山道散策で終わるはずだったのだが。
ロジェの予想通りというか。それとも最早運命なのか。
何事も無く済ませられないのが、フィーリ=メ=ルーンと言う男なのである。
元々この男の辞書には「平穏」と言う単語は入ってないのかもしれない。
先導を取るはフィーリ。緩やかな傾斜の坂道を鼻歌と共に上機嫌で進んでいた。周りは矢張りと言うか流石と言うか、深い緑に覆われている。足元も段々と人道と言うよりは獣道だ。背高い草草が膝の辺りまで伸び、踏み場も無いほどに自生している。
普段なら整備されていない道を嫌がる人間が嬉々として先立ち奥へと進むという事実。その時点でロジェは異常だと気づくべきだった。
「この山はねー、普段は入っちゃいけないんだよっ♪」
他愛無い世間話のようにフィーリはあははと機嫌よく笑いながら重大な事実を述べる。一瞬だけ理解が遅れたロジェが口から漏れたのはロジェらしくない間抜け声だった。
「…は?」
「あ、安心して♪この時期だけ一時的に山開きされるんだ♪一部を除いてね」
そうか、と呟きかけてロジェは違和感を覚える。今、なんて。
ロジェの心中の暗雲とは対照的に晴れやかな表情であろうフィーリは続ける。
「普段山を封じているのは立派な葉っぱや山菜を毎年採るためー…って言われているんだけどさ、この辺って山多いのに此処だけが封じられているんだよねー♪」
くるり、と振り返ったフィーリは矢張り楽しそうだった。爛々と輝く紅茶色の瞳。
「しかもこの時期になっても封じられているって事はさ」
長い同色の髪を光と共に揺らしながら子供のように無邪気に一層微笑んだ。
「絶対に何かあると思わない?」
「で、それにお前は首を突っ込もうというのか」
「流石、ロー君っ♪僕の言いたい事をよく分かってくれているぅっ♪」
「却下」
推測に満足そうに頷いたフィーリをロジェは一蹴する。誰が危険に足を踏み込むか。
本当はこんな山に来るのだって本意ではない。ロジェとすればさっさと葉を手に入れて帰り、フィーリの我侭から解放されたいところなのだ。
「行くなら一人で行け」
「それがねぇー♪」
くるりと踵を返そうとしたロジェの服の裾を掴んだフィーリはそのままがばりと背から覆いかぶさるようにロジェに抱きつく。正直動きにくい。
「何だ」
ぶっきらぼうに答えたロジェにフィーリは「だってぇー」と何処か自慢げに微笑んで。
「此処が既にその立ち入り禁止場所だったりしてー♪」
「なっ…!」
絶句したロジェは今一度辺りを見回す。確かに周りの緑は深いし、道は無い。
「ね?此処まできたら引き返すも何もないでしょ♪」
妙にうきうき、わくわくしていたフィーリの理由がようやく分かった。全ては柏餅以前に未知なる冒険のため。いや、柏餅と五分五分と言った所か。ロジェは怒り半分呆れ半分のどうしようもない感情を抱えて深く息を吐いた。
「どうして危険かもしれないところに行こうとするんだ!」
半ば感情を吐き出すかのように声を荒げ問うロジェをフィーリは不思議そうに見、そして微笑んだ。彼の口に浮かんだ笑みと答えは単純明快なものである。
「だって面白いじゃないかぁっ♪」
その一般とは掛け離れた回答にロジェは天を仰ぐ。何を言っても無駄だと分かってはいるけれど理解出来ない。きっと一生かけてもロジェにその心理は不明のままだろう。
面白ければ危険すらものともしない男。それがこの魔術師なのだ。
「ほらほら、ロー君も同罪っ♪戻ったら一緒に怒られちゃうよぉ」
ロジェの心中を察することなくフィーリはロジェの服裾を引く。
無知な事は罪である。昔の偉人が残した言葉だが今もしその偉人が存在するならばロジェは間違いなく問いかけただろう。この場合罪なのは魔術師なのか俺なのか、と。
「ほらー♪…なんかそれっぽい祠が……」
対照的な心理状態の二人の目の前に緑でない物体が見えたのはそれからどれ位歩いた時の事か。深い木々の中にぽつりと其れは在った。まだまだ其れとの距離は遠く、木々の邪魔もあってかはっきりとした姿がまだこの位置からだと確認することが出来ない。
「ちょっと見てくるー♪」
一層テンションのあがったフィーリはロジェを残し駆けていく。ロジェはその背中を何も言わず見送りながら目を凝らしその祠とやらを見つめた。
僅かに光沢の在る茜色は良く森林に映えて美しい。天辺には三日月の装飾が施されているのか。其処だけ金色に輝いている。高床で簡素な造りだと分かる。横の柱は強度補強によるものだろうか。やけに立派なものである。
ロジェもまたフィーリの後を追い、其れを見に行こうと祠より目を離した時。
「………え、これって…」
其れはフィーリの戸惑った声。
そして彼より離れているロジェも一瞬のうちに起きた異変に気がついた。
さっきまで祠の横にあった立派な柱が地を離れ天に向かって掲げられている。
待て、あれは一体何だ。祠などではない。何故なら動いているのだから。
「……鎧?」
魔術師が首を傾げ、鎧が棒を振い、剣士が跳び駆け剣を抜いたのはほぼ同時。
金属同士がぶつかり派手な音が飛び散った。周りにいた鳥たちが騒ぎ飛び立つ。
その騒ぎ元凶の一人であるロジェは鎧と相対して目を見開いていた。
棒だと思っていたものは矛であった。造りこそは立派であるもののかなりの年代物なのか。金属自体はあちこち錆びており、また特殊な手入れもされていないようであった。だが、ロジェが驚愕しているのはそんなことではない。
剣を合わせたからこそ分かる。かぁん、と響いた銅鐸のような音。
其れは即ち。
矛をはじき返し、ロジェと鎧の間には一定の間合いが出来る。相手の獲物は長い。捕まえようと思えばすぐに捕まるだろう。だが、長い武器は動きがその分遅くなる。
ロジェの判断と行動は素早かった。
「お?」
ロジェは背で庇っていたフィーリを小脇に抱えると横の道無き草原に飛び込んだ。そのまま身を屈め、行く先分からずに走ったのだ。頭上を矛が一度通過した。ロジェに当たらなかった其れは立派な木を一本地に沈め収まる。
あれ相手に勝てるか勝てないかではない。戦いを挑むこと自体が間違っている。
「ロー君!?どうしたの?何処に行くの!?」
フィーリの声も届かぬ程にロジェは焦っていたのだ。
本人も分からぬ何かに只ならぬ何かを感じていたのである。故の行動。
そして、冒頭に戻るのである。

by vrougev | 2008-05-12 01:08 | キセツモノ