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あたたかい ぎんいろ   1

今日も私は人間が過ぎゆく街並みを眺めていた。
雑踏に紛れる私の視線に、気が付く者はいない。
楽しそうな談笑がころころと転がり、怒ったような喧噪がぴしゃりと空気に鞭を打った。
しとしとと降り注ぐ悲しげな泣声は掻き消されていく。
誰も、何も気づかない。気づいて、くれない。
人間が実に羨ましかった。
どれほど望むことが無意味だと分かっていても私は欲してしまうからだ。
彼らに対する興味が尽きることはない。故に、私は此処にいる。

「あら、こんな処にお店ですか?」
冷たい雨の降る秋の日の事だ。不意に掛けられた声に、私は弾かれたように顔を上げた。
目の前には年若い女性が一人。
この時代の、この街の、標準を詰め合わせたかのような女性だった。
「驚かせちゃったかしら」と。
首を傾げた彼女の黒の眼は一寸足りとも逸れることなく、真っ直ぐ私を見つめていた。
あぁ、なんて美しい。仄暗い闇のような瞳に自然と私は見入ってしまう。
その双眸に見られ続けていたかった。その双眸を抉り取ってしまいたかった。
傾けた首から赤毛色の長い、僅かに濡れた髪の毛が流れ落ち、白い首筋が見え隠れする。
私は自然と唇の端を釣り上げた。柔らかそうな肉だ。
若年の乙女の血はさぞかし美味であろう。
今すぐ攫ってひと思いに飲み干してしまいたい。造血剤とは違う。
久々にまともな食事ができる。
そこまで考え、私は深く絶望した。そうしたら今までと何も変わらない。変われるはずがない。
「あの、どうかしました?」
長い間黙ったままであったからか。女性の声音と瞳は陰り、案じる色を私に向けていた。
優しい娘なのだと思う。彼女なら私を変えてくれるだろうか。淡い期待が胸に浮かんだ。
その時、ふと思いついたのだ。
私は久し振りに訪れた本能的衝動を無理矢理抑え込み、苦笑でそれを誤魔化した。
そして、優しく努めた声で彼女を迎える。
「いらっしゃい、お嬢さん」


…祈ろう。全知全能たる女神よ、彼女に創られし世界よ。
一時だけで構わない。その後、私がどうなろうと覚悟はできている。

お願いだ、私の願いを叶えてくれ

by vrougev | 2008-10-11 03:45 | キセツモノ