ラッピングのオモテガワ 1
二月十四日、バレンタイン当日。そんな恋人の日に悩まされる男が二人。
剣士と魔術師は困り果てて呟いた。
「「どうしよう」」
剣士の場合―――。
ロジェ=ミラ=クレセントは菓子材料専門店前で山のようなチョコレートの種類に首を捻っていた。
フィーリは一体何が好きなのだろう。
よくよく考えれば旅の途中の他愛無い会話の時点でロジェの悩みは始まっていたのだ。
“「今年のバレンタインは逆チョコが流行ってるんだって♪」”
毎年毎年この季節になると共に旅をする魔術師、フィーリ=メ=ルーンは楽しそうにバレンタインについて話し始めるのであった。例えば、何処の街のイルミネーションが美しいか、何処の店のチョコレートが美味しいか…などなど。男二人の旅路では関係ない情報を山と仕入れ、ロジェに語り聞かせる。
今年も例外はなかった。しかし去年までは付属しなかった言葉にロジェは驚くことになったのだ。
“「だから今年は僕もロー君にプレゼントを贈るねっ♪ロー君は何が好き?」”
恐らく今年流行りとやらの逆チョコ効果なんだろうな、とロジェは後々になり冷静に思った。
バレンタイン色に染まった店々を眺めていると、今年はどうやら本当に「男から贈る」をコンセプトにしたバレンタインのようだ。ロジェ以外にも切羽詰まったような表情をした男たちがバレンタインイベントコーナー商品を物色している。
フィーリの情報を疑っていたわけではないが、なるほど、今年は男も大変らしい。
そんな認識をしながらロジェは視線を再びチョコレートへと戻す。
今までフィーリの好き嫌いなんて考えた事がなかった。知ってはいる。旅をするうちに覚えたものだ。
だが、自分から突き詰めて知ろうとはしたことがなかった。
フィーリはロジェが作ったものをなんでも美味しいと笑顔で食べる。故に失念していたともいえる事だ。
今更な事柄にロジェは舌打ちをするしかない。
「あれ、ロジェ…さん?」
驚いたような声に振り返ると、肩までの黒髪の揺らしながら小首を傾げる少女が其処に立っていた。髪と同様に黒眼がきらきらと光っている。おとなしそうな少女にロジェは見覚えがあった。
「伊妻…静羽……か?」
要の国の魔術集団CIRCLEの一人。集団の中で最も良識を持つ人間だとロジェは認識している。
どうして此処に、と聞こうとしてロジェは止める。野暮な質問だ。こんな辺境の地に仕事以外で来るはずがない。バレンタインだというのに酷な事だ、とロジェは思い、同時にそう思った自分がおかしく感じた。
「わぁ、お久しぶりです。お買い物ですか?」
「あぁ」
「じゃあ私と同じですね。帰ってからチョコレートを皆に配ろうと思って」
小さな共通点に対し嬉しそうに笑う静羽にロジェは戸惑いながらも会話を続ける。
「大変だな」
「そうでもないです。皆喜んで食べてくれますから!…あ、でも飛鳥さんはチョコレート嫌いですけど」
「そうか」
「ロジェさんはフィーリさんにですか?」
仲がいいんですねと微笑む静羽。そんな静羽の言葉に素直に頷けず、ロジェはふぃと顔を背けた。
「ロジェさん?」
「だが、俺はあいつの好きなものを知らないんだ。何を贈っていいか分からない」
困り果てたように呟いたロジェに、静羽は優しげに微笑んで。
「じゃあ、悩めるロジェさんに一つ良いことを教えてあげます」
内緒ですよ、と釘打った後に静羽はそっとロジェの耳に囁いた。
by vrougev | 2009-02-14 23:48 | キセツモノ