カテゴリ:ラヴァート構想曲( 15 )

月公国、『旧友』第三章   変わらないモノと変わったモノ   第五節

ピアースが生きていた。アイギナは事実をゆっくりとかみ締める。
毅然とした態度をヴォル・アグニと名乗る男は間違いなくアイギナの友人であるピアースで。
けれど、どうしてそんな姿なの。どうして自身の存在を否定するの。どうしてこんな真似するの。
疑問は渦巻き言葉にならず「どうして」と中身無き疑問符ばかりが浮かぶ。
そんなアイギナから眼を反らしたままヴォル・アグニは極めて冷静に告げた。
「もう一度言う。お前とは戦いたくない。素直に退いてくれ」
ヴォル・アグニは髪を僅かに掻き揚げ、額に手を置く。そして、視線を泳がせる。
懐かしいピアースの癖だ。難題に当った時、困った時に彼はいつもそうしていた。
「何をするつもりなの…?」
何に困っているの。何を思って、何に憤って。まるで知らない人のように何も分からない。
変わってしまった男から返って来るのは冷たい言葉。
「これは俺の事だ。お前には関係ない」
「エスカティア様に関係する事なの…?」
「頼む」
苦々しく鋭い眼のまま口を割ろうとしないヴォル・アグニ。何を言えばいいのかぐるぐると頭の中を廻る。
その固い意志は何処から来ているの。一体何をするために戻ってきたの。
…違う、本当はこんなことよりも言いたい事が在るはずなのに。
「エスカティア様に刃を向けるなら…此処を通す訳には行かない!」
口から出てくるのは別な言葉ばかり。これは副団長としての言葉。
床に重なる対で双なる鎌をアイギナは拾い、構えた。冷たく輝く鎌は愛しき友へと向く事になろうとは。
「アイギナ!」
初めてヴォル・アグニが取り乱した声を上げる。いつもアイギナを窘めていた声音そのままにアイギナはこの時初めて微笑んだ。きっと笑っているのは上辺だけで本当は泣いているのかも知れない。
「ねぇ…ピアース、教えてよ。ピアースなんでしょ。一体何をするつもりなの?」
再三のアイギナの問いに尚も答えようとしないヴォル・アグニにアイギナは顔を変えた。その表情は今にも泣きそうな少女の顔ではなく、戦場で見せる副団長、黒乙女の顔。
揺るがぬ意志に包まれたアイギナをヴォル・アグニは見た。そして、聞く。
「教えてくれないなら…無理矢理にも聞く事にする」
ひと時。戦場での一瞬。
アイギナは地を蹴る。鎌が閃き、空を斬り、ヴォル・アグニに振り下ろされる…はずだった。
だが、アイギナは一つ忘れていた。戦場では何時も気を抜いてはいけないと言う事を。
目を奪われてしまったのだ。ヴォル・アグニの、ピアースの悲しく苦しそうな表情に。
一瞬の有利は一瞬で逆転する。
気を取られたアイギナにヴォル・アグニは腕を伸ばし、細いアイギナを思いっきり引き寄せた。突然の動きと自らの重みの反動で両手の鎌は後ろへと飛んで落下していく。
「なっ……!」
言葉は言い終わる事無くぶつりと切れた。アイギナの言葉は紡がれる事なくヴォル・アグニが塞いだのだ。異形と化してしまった腕でアイギナを抱きしめて。変わらない思いを言葉にする事無く口付けて。
安堵、そして残酷にも忘れようとした人の温もりを再び思い出させる。
「……ずるいよ。助けになりたいのに。力になりたいのに」
暫くして解放されたアイギナはヴォル・アグニの胸に顔を埋めながら呟いた。
ピアースだって分かっちゃったら、攻撃できないじゃない。
正体を明かさなかったのは危険に巻き込まないため。口付けたのは傷付けずにアイギナを止めるため。
優しかった人。それは今も、変わらない。だからこそ、その苦しみを救いたいのに。
「………すまない」
辛そうな謝りの言葉と共にヴォル・アグニはアイギナの首筋に手刀を入れた。
トン、という程度の小さな衝撃でも急所を突けば気絶させられる。
気絶させるのはこっそり付いてこないようにかしら。薄れ行く意識の中でアイギナは思う。
ぼやけた視界の向こうに見たヴォル・アグニにアイギナは微笑んだ。
其処にいたのは昔と何一つ変わらないピアースだったから。

俺は何をしているんだ。
アイギナを横たえたヴォル・アグニは思う。
昔は捨てたんだ。捨てなければならないんだ。俺の身体を異形にしたアイツを殺してやる。
暗示の様に自身に繰り返し言い聞かせていたはずなのに。そのためには冷酷になると決めたはずなのに。
残酷になれていない中途半端な決意の自分が此処にいる。
「…アイギナ」
無意識に彼女の名前を呼んでしまったことにふと気付き、口を押さえる。かぁ、と顔にあがる熱気は魔人のものでなく自身の羞恥だと分かり、そして気付いた。
俺はまだ捨て切れていないのだ。否、捨てる気等元からないのかもしれない。
また此処に戻ると信じている。そしてあの頃に戻れると……。
ふ、とヴォル・アグニは微笑んだ。僅かに皮肉と自嘲の混じった笑みだったがそれは楽しそうに。

ヴォル・アグニはまだ知らない。自身は物語のひとつの歯車だという事を。
そして、全ての歯車が少しずつ回り、今結末へ向かおうとしている事実を。


               月公国、『旧友』第三章   変わらないモノと変わったモノ   Fin
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by vrougev | 2008-04-01 03:50 | ラヴァート構想曲

月公国、『旧友』第三章   変わらないモノと変わったモノ   第四節

「死んだんじゃ……」
アイギナは大切な鎌を取り落とした。がしゃん、と重い金属が重なり落ちて地に響いた。
だが、今のアイギナの眼中に武器はない。目の前にいる人物が生きて居る事が何よりも大切で、全てで。

「アイギナか……」
振り返ったヴォル・アグニは顔を顰めた。表情に出たのは僅か。だが、内心はもっと穏やかではなかった。
どうしてよりにもよって此処で出遭ってしまったのか。この広い月公国城、数百万と言う兵士の中で、何千万分の一の確立。この時、ヴォル・アグニは出遭ってしまった事実に素直に驚いていた。
「ピアース!ピアースなの!?お願い返事をしてよ!」
「お前とは戦いたくはない!」
驚きは驚きを呼ぶ。憎んでいるわけでも嫌っているわけでもないのに拒絶の言葉が反射条件のように紡がれた。男の突然の怒号にアイギナは眼を大きく見開きながら一歩後ろに後ずさる。半端に開かれたアイギナの唇は昔の俺の名を弱々しく呼んでいた。
「素直に帰ってくれ」
出来る事ならば逢いたくなかった。出来る事ならば………こんな姿を晒したくなかった。
「…ピアース?」
「第一」
アイギナの言葉を遮り被せる。
高鳴る心臓。この鼓動は俺のものか。それとも融合された炎魔のものなのか。
また緊張によるものなのか。それとももっと他に理由があるのか。自分の事なのに何一つ分からない。
冷静に努めるよう一息吐いた後、ヴォル・アグニは言った。一気に、全てを忘れるように。
「ピアースなんて男は知らない。お前の勘違いじゃないのか?」
嘘を、つく。其の嘘が自身をも相手をも傷つける事を承知での嘘。罪悪感からか、直視する事は出来ず、ヴォル・アグニは眼を反らして言い放った。
「俺の名はヴォル・アグニだ」
そして、気が付いた。自分の身体が僅かに震えていることに。何故震えている。俺は何を恐れているんだ。
思い出せない。だが、ヴォル・アグニは自分が本能的に捕らえた何かを直ぐに知る事になる。
「そ…んな……ピアース……でしょ……?どうして………?」
泣くのを堪えるような、再会に喜ぶような。
真逆の二つが交じり合い、混乱した少女の震える声は静かな廊下によく響いた。

恐れているのは涙。そして捨てたはずの名前。そして…名を呼ぶ少女の存在。
お願いだ、アイギナ。頼むから呼ばないでくれ。昔の………、俺の本当の名を。
また昔に戻れると期待してしまうから。
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by vrougev | 2008-03-31 02:19 | ラヴァート構想曲

月公国、『旧友』第三章   変わらないモノと変わったモノ   第三節

かつっ。
僅かな物音をたて、ヴォル・アグニは侵入に成功した。辺りを見回し、懐かしさに目を細める。
月公国城内は俺が居たころと変わっていないのか。
アンナローゼの手が及んでいない事を確認し、ヴォル・アグニは歩を進める。城の灯りの多くは蝋燭で灯されており薄暗い。深夜であるため警備も手薄なのか、廊下を歩く兵はいない。
このまま誰にも会わないで辿り着ければいいのだが。そう思い、自嘲した。
この嘘つきが。
本当は会って全てを話したい。だが、会う事は叶わないであろう。
「アイギナ…」
ヴォル・アグニは孤独にこの城内に居るであろう友の名を呟いた。

やっぱり今日の私は疲れている。
一人帰路を歩んでいたアイギナはふと振り返った。廊下には彼女以外誰もおらず、静まり返っている。
「空耳…ね」
名を、呼ばれた気がしたのだ。気のせいだと気が付きアイギナは苦笑する。
一体誰に名前を呼ばれる事を望んでいたのやら。どうしてだろう、今日はやたらと感傷に浸る日だ。
もしかしたらこの時点で予感をしていたのかもしれない。彼がこの城に、帰ってきているという。

だが、それは望んでいた形とは程遠い再会だった。

静寂とは突然破られるものである。それは突然鳴り響いた。
「警報!?」
夜分に警報が鳴るという事は何かに異変があったと言う事。緊急事態である。
此処最近静かであった近隣国の奇襲か。新たな国家からの圧力か。それとも……。
幾つかの可能性を考えながらアイギナは急ぎ足で元来た道を戻る。急いで状況を把握し、場合によってはディカール様に報告、自軍を指揮しなければいけない。
「アイギナ副隊長!」
途中で出会った女聖騎士に呼び止められ、アイギナは立ち止まる。彼女はぐったりと意識の無い兵士の肩を抱きかかえていた。城内で何かあったようである。アイギナは尋ねた。
「何があったのです」
「侵入者です。数は一人ですが、見回りのものが次々と倒されて…」
「場所は?」
単独の侵入者。それは敵軍から目を離すための囮か、それともエスカティア様に向けられた暗殺者か。
多くの兵が倒されていると言う事はかなりの腕の立つもののようである。
「東区域の三階です」
「では、私が向かいます。貴方は彼女を運んだ後、この騒ぎを広めないよう皆に伝えなさい」
副隊長として、これ以上負傷者を増やすわけにはいかない。
「アイギナ副隊長、危険です!!侵入者は…人間ではないのですよ」
獣化病患者か。いや、誰であろうとかまわない。
「私よりもエスカティア様を第一に考えなさい」
止めようとする聖騎士に一言告げ、アイギナは駆け出す。エスカティア様を危険に晒すわけにはいかない。
元近衛兵、そして副隊長としての勤めを少しでも果たさなくては。
急ぎ足、から駆け足へ。両手に大鎌。次第に道には倒れる兵士が多くなる。傷こそ負っているものの見る限り死人はいない。赤い火傷痕。敵は魔術師だろうか。
どさり。
曲がり角の向こうで何かが落ちる音とうめき声。動く気配は一人。あと少しで、辿り着く。
「エスカティア様の城内を荒らすものは誰だ!」
侵入者は人だった。いや、異端な人であったと称したほうが正しいかもしれない。その右腕は灼熱色をしていた。魔物の腕か、それとも魔人の腕か。きっと兵士達はこれを見て「人ではない」と言ったのだろう。
アイギナの声に侵入者はゆっくりと振り返った。
鋭い眼差し。
いつも眉間にしわ寄せるのは彼の癖だった。そんな難しい顔ばかりしているとせっかく整った顔が台無しだよ、と会う度にアイギナは言うのだ。
薄金の髪。
綺麗と褒めると彼は嫌がる。その表情が面白くて、わざと言っていた。
全ては消えてしまったのだ。ある日を境に忽然と。そして…二度と戻ってこないはずだったのに。
まさか。
アイギナは叫んだ。
「そんな!ピアースなの!」
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by vrougev | 2007-12-31 13:55 | ラヴァート構想曲

月公国、『旧友』第三章   変わらないモノと変わったモノ   第二節

月公国に一人の男がいたのを知っているだろうか。月公国では彼の話をするものはいない。
いや、してはいけなかった。行方不明となった人々の話なんて。
ここ数年、月公国内で行方不明者が多発していた。初めは名も分からぬただの一般兵。
それが此処まで広がるなんて誰が予想しただろうか。年間何十人、下手したら三桁になるかもしれない。
それほどまでに人が居なくなっていた。それは兵だけに留まらず民間の人間にも及び始めている。
彼もまたその一人だった。月公国の名のある将校だった男。
彼は、消えた全ての人はどうしているのだろう。
無事でいることを祈るしか出来ない自分自身が腹立たしくて仕方がなかった。

幸いにも記憶だけは残っている。だが、俺は代わりに人であることを失ったのだ。

初め、どうして自分がこんな所にいるのかが理解できなかった。当たり前だ。気が付いたらいたのだから。
周りには見たことある兵士達。大きな牢獄のような場所だった。石壁に囲まれ、窓も光もない。
ただ等間隔で並ぶランプのみが世界を照らす。月公国王宮城内だと気が付くのに大分時間が掛かった。
俺の通された部屋。同室となった男達は一人を除いては既に恐怖により正気を失っていた。
不敵な笑みを浮かべる者や、ぶつぶつと終末を唱えるもの。此処は地獄なのではないか。
そう俺は思った。だが、後にその考えは間違っている事に気が付く。
毎日何人かの男達が連れて行かれ、戻ってくる事はなかった。何処へ行ったのか。誰も知らない。
やがて唯一正気を保っていたあの男も連れて行かれ、俺は一人になった。
そして、順番が回ってくる。生気の無い鎧甲冑に連れられ俺は本当の地獄を見ることとなった。
記憶は此処で途切れている。四肢が焼け落ちるような痛みを伴った。身体が、熱い。
「あらぁ、これはダメね。廃棄処分にしましょ」
目を覚ますと、女の声。その声は妖艶に彩られた誘惑の音。声の主が誰であるかを男は知っていた。
アンナローゼ。月公国の兵の中でもそれなりの上級官にいた彼には一度だけ面識があったのだ。
月大公エスカティア様が信頼を寄せる美女。賓客である彼女が何故此処にいるのか、と言う質問は愚問でしかない。俺は全てを悟った。黒幕はこの女だったのだ。
「No.662。捨てちゃっていいわ」
俺は両脇をがばりと捕まれ、力なく部屋から引きずりだされていく。身体が、熱い。なんだ、これは。
その時、初めて自らの体の異変に気が付いた。異質と化した左腕。まるで魔物のようである。
「さぁ、着いたぞ」
甲冑兵に投げ出される。そのまま地に落とされた俺は自らの下にあるものを見て愕然とした。
それは同室にいた男達であった。いや、もう原型は分からなかった。まるで獣化病に掛かったように獣の腕や足、顔が変形している者達は血を流し、果て、床となっていた。
「なっ……」
やっとの思いで出した声は震えていた。めくるめく状況の変化についてゆけず狂気に蝕まれていく。
「此処は処分場だ、実験番号662」
廃棄処分。それは即ち死。この男達が未来の俺の姿。望んでもいないのに勝手に肉体を改造されて。
勝手な理由で殺されるのか。そんな馬鹿なことがあってたまるか。
甲冑の男が剣を抜く。
誰がこんな所で死ねるか。人の命を弄んで。怒りに絡み取られた感情は俺の中のもう一つを熱くさせる。
気が付くと振り下ろされた剣を俺は掴んでいた。赤き腕はまるで焔の様に燃え上がる。
「誰がNo.662だ…。殺されて…たまるか…!」
剣がその熱によりぐにゃり、と曲がる。驚き恐れ、逃げ去った甲冑兵を追う事無く俺は呟いた。
「アンナローゼ…お前を必ず殺す…」

その後、男は傭兵王国へ兵として志願する。
「お前、名前はなんて言うんだい?」
「俺は…ヴォル・アグニだ」
それは誉れ高き魔封じの火神の名。

そして、時は来た。ヴォル・アグニは月公国へ戻ってきた。女狐の首を取るために。
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by vrougev | 2007-07-12 00:28 | ラヴァート構想曲

月公国、『旧友』第三章   変わらないモノと変わったモノ   第一節

『お前ら、俺に手を出して生きて帰れると思うな……』
『アイギナ、出陣する!勝利をエスカティア様に!』



時は満ちた。今こそアイツに復讐を……。
夜の闇夜、月公国王宮は今宵も月の光に照らされていた。戦乱を繰り返す国も夜ばかりは静かである。
そんな王宮を崖の上から見下ろす一人の男がいた。男の眼差しは冷たい。
「待っていろ…必ず八つ裂きにしてやる……」
そう呟くと男は消えた。夜風に乗って紅い火の粉がぱちぱちと流れていく。
ヴォル・アグニ。彼に宿る決意は固いものだった。

時は流れる。まるで過去など忘れろと言うように……。
夜の闇夜、月公国王宮は今宵も月の光に照らされている。日々戦いに明け暮れる兵達も夜ばかりは静かだ。
そんな王宮から外を眺める一人の少女がいた。彼女の眼差しは遠くを写している。
こんな時、彼がいてくれたらどんなに助かるか……。
「アイギナ副隊長、どうかなさいましたか?」
部下である聖騎士の声でアイギナは我に返った。
「……あ、な、なんでもないです。ただ月が綺麗だなと思って」
なんてらしくない。アイギナにしては慌てた取り繕い立った。それを部下も察したのだろう。
「アイギナ副隊長。本日はもうお休みになられては?」
確かに疲れているのかもしれなかった。緊張をまだ解いてはいけないはずなのに考えに浸るなんて。
「そうですね。ではお言葉に甘えて……」
アイギナは「お休みなさい」と一礼をした後、部隊から去った。
アイギナは知っていた。故に悩んでいる。月公国は現在大変な状況下になっていることを。
部隊長の集まりでそれは告げられた。月公国は外部からの傀儡国家となりつつあるという話。
月大公の賓客として招かれているアンナローゼと言う名の女性。彼女は裏よりこの月公国を操っているとアイギナの上司であるディカール大将軍は言った。
『我々はそれを打ち砕かねばならない』
まだ民達には知られていない。いや、知られてはいけないのだ。混乱を陥らせてしまうから。
味方はアイギナと彼女と同じ副隊長であるユーグとメティス。そして彼らを纏めるディカール大将軍。
たったこれだけ。これだけでどうしろというのだ。
アイギナは願っていた。こんな時、彼がいてくれたら。状況は変わるのに……と。
「どうしていないの。ピアース……」
アイギナは呟く。その声は誰にも聞き取られず闇へと吸い込まれていった。
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by vrougev | 2007-07-08 13:44 | ラヴァート構想曲

太陽王国、『再会』第二章   始まりの前より   第五節

「兄さんっ!兄さんが父上を殺したのですかっ!」
迷いの吹っ切れた人間ほどいい動きをするものはない。今のフェルラートは正にその状態にあった。
一つ一つの動きにキレがある。それは師の教えた動きに忠実であった。
「さぁね……どうだろう?」
彼もまたアルフォンスと時を同じくして太陽王国を去ったとの噂を耳にした。
ルザ先生。今思えば師匠も何かを知っていたのかもしれない。
「答えて!兄さんっ!」
やけに昔を思い出すのはきっと戦場という命を賭けた場だから。いや、久しぶりの再会が原因か。
それがいい思い出なのか、悪い思い出なのか。アルフォンスには図れなかった。
フェルラートの太刀を真正面から受け止め、弾き返す。フェルラートは後ろに飛びのく。
アルフォンスもまた同様に後ろに。砂埃が当たりに舞った。
「ねぇ、フェルラート」
囁くようにアルフォンスは呟いた。足元に流れる血、それを吸い込むひび割れた大地。
何を思ったかゆっくりと彼はその手中にある黒剣を天に翳した。刃の先は太陽。
「この世に…堕ちない太陽などないんだよ」
真っ直ぐにフェルラートを見つめるその瞳は僅かに憂いていた。何を思っているのか。
ただそれは戦いの場には相応しくない表情だった。
「太陽はいつか堕ちるんだ。父上様はそれをご存知だった」
意味が分からないだろうね、フェルラートには。アルフォンスは笑う。
「よく聞くんだ。ボクは太陽が堕ちた時に再び君の前に名を現す。絶対だ」
それがボクの使命。誰に縛られたものでもない自らが自らに課したもの。
だから、お願いだ。
「堕ちてはいけない。堕ちた者は討たれる運命なのだから」
自らの手で肉親を殺すこと程罪深い事があるだろうか。しかし、それを侵さなければならない時が来るかもしれない。それがきっと兄としての役目。
「いいかい、フェルラート。分かったね、ボクとの約束だ」
アルフォンスは笑った。それは幼き時、いつでもフェルラートの味方だった頼りになる優しい微笑み。
「兄さん……兄さんっ!!」
フェルラートの叫びにアルフォンスは僅かに切なそうな表情をした。けれど、笑っている。
「じゃぁね、フェルラート。いい王様になるんだよ」
そう言ってアルフォンスは先程と同様に指笛を吹いた。
「兄さんっ!?いかないでっ!!兄さんっ!!」
また槍が降ってくるのかと近衛兵が身構える中、再び空に黒い影が差した。黒い影の下でアルフォンスはにっこりと微笑み、お辞儀をした。それは戦場に似合わぬ優雅なもの。
そしてアルフォンスと言う人物が去るのに十分な演出。お辞儀から彼が顔を上げてすぐに彼の姿は消えた。
残された太陽王国兵達は呆然と空を見上げる。顔を伏せった国王は決意の拳を握った。
フェルラートは空を見上げ、そして叫んだ。
「私達はこの戦争を制し、聖域を守護する!!勝利の太陽は我が上に!!」

「アルフォンス、何故あのような事をしたのです」
黒竜の上、若き女の竜乗りはアルフォンスに訊ねた。彼女にとって彼の行動は不可解極まりないものだったからだ。下手をすれば自分が殺されていたのかもしれないのに。
「……そうですね、皇子として生まれてしまった定めと言う奴です。フェルラートはいい王様になる。ボクはそう信じたいのですよ」
「理解できませんね」
「でしょう?ボクにだって分かりませんから」
冷静な彼女の言葉にアルフォンスは答える。でも、会わなければならなかった。
そう言う運命だったのだろう。全ては初めから決まっていたのだ。
ふと気がつくと考え事をしていたアルフォンスの顔を彼女はじっと見つめていた。
アルフォンスは笑う。にっこりと、優しい微笑み。
「行きましょう、ミリアさん。次なる土地へ」

後にフェルラートは堕ちた太陽と呼ばれ、アルフォンスの子である勇者が彼を倒す事になる。
それはまだ誰も知らない。ずっとずっと未来のお話。

                           太陽王国、『再会』第二章   始まりの前より   Fin
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by vrougev | 2007-07-08 00:32 | ラヴァート構想曲

太陽王国、『再会』第二章   始まりの前より   第四節

「に…いさん……」
身体を起こしたアルフォンスはくすり、と僅かに微笑んだ。笑みを絶やす事のない男。
その笑みが心底恐ろしかった。自分の知っている兄ではない事が。
「フェルラート、ルザ先生に習った剣術を無駄にしてはいけないよ」
それがどういう意味だか分からぬほどフェルラートは馬鹿ではない。アルフォンスは暗に言っているのだ。
剣を抜け、と。
フェルラートは視線を落とす。腰に携えた太陽剣『クレヴァーグ』はきらりと光を反射しただけ。
二人で一緒に剣術を習った。フェルラートは国のため。アルフォンスは影のため。
目的は違えど楽しかった日々のはずなのに何処で違えたのだろうか。それとも元々違っていたのか。
「フェルラート様!!ご無事ですか!!」
遠くから兵団が走ってくるのが見える。護衛で付けていた近衛兵達だ。
「貴様っ!フェルラート様から離れろ!!」
叫びながら来る彼等にアルフォンスはやれやれといった様子で肩をすくめた。
「すみません、兄弟水入らずで話をさせていただけませんか?」
そう言うと、アルフォンスは指笛を作って吹いた。ぴぃー、と高らかに音は鳴り響き空気を震わせる。
次の瞬間、兵団たちの前に天から槍が落ちた。それは先頭の兵の足元に深く突き刺さる。
「これで邪魔しないでくれますね」
そう言ってアルフォンスは再びフェルラートと向き合う。
「『クレヴァーグ』と『プログラ』。この二つが剣戟を交えるのはいつ以来だろうね」
フェルラートは鞘から『クレヴァーグ』を抜き、構えていた。その瞳に先程までの揺るぎはない。
あれは兄であって兄であらず。違えてしまった道ならば、フェルラートは民のために。
「……民を傷つけるものは国王として許さない。私はそう誓ったんだ。例え兄さんであろうともっ!」
アルフォンスは微笑んでいる。変わらない、張り付いたような微笑。
「おいで、フェルラート。……違うね、太陽王国、国王様」
ボクとは違う道を歩みし、弟よ。

昔の話である。アルフォンスは王に質問を投げかけた事があった。
「父上様、どうしてボクは王になれないのですか?」
既にアルフォンスの一生は決まっていた。弟を守り、弟のために生きる。それが課せられた生き方。
不思議な事に不満はなかった。国こそが絶対であったからかもしれない。
自分自身の生き方など考え付かなかった。
それなのに、あの時どうしてそんな質問が出たのか。今考えれば自分でも不思議な事である。
「アルフォンス、我が息子よ。よく聞きなさい…」
窓の外を見つめながら、父は口を開いた。一言。けれど、アルフォンスには大きな意味を成した。
その数日後、彼は国を出る決意を決める。
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by vrougev | 2007-07-05 01:53 | ラヴァート構想曲

太陽王国、『再会』第二章   始まりの前より   第三節

黒き鎧は鈍く輝いていた。銀色の髪はふわりと浮き流れる。白い肌、翡翠の瞳。そしてその笑みも何一つとして変わっていない。全てフェルラートが知っている兄の姿だった。
「兄さんっ!」
付き人である近衛兵の静止も聞かず、フェルラートは走り出す。消えた兄が戻ってきた。
聞きたいことは山ほどあった。どうして国を飛び出したのか。そして父上が死んだ真相を。
何から聞いたらいいだろうか。
「やぁ、フェルラート」
アルフォンスはにこりと微笑む。優雅な微笑みは皇子としての育ちのよさがにじみ出ている。
やはり彼は兄なのだ。紛う事なきフェルラートの兄。
その時、アルフォンスの背後で兵が立ち上がった。それは太陽王国の聖騎士の一人は倒れている仲間の敵を撃たんと剣を振り上げたのだ。剣は振り下ろされる。
兄さん逃げて!
咄嗟の言葉がフェルラートの喉を出る事はなかった。それは一瞬だったのだから。
僅かに身体をずらしてアルフォンスは易々と剣を避けた。そして、腰から一閃を抜いた。
ぱっと紅が辺りを散らし、聖騎士はゆっくりと地面に沈む。
そして再び、フェルラートに笑みを向ける。その笑みには僅かに返り血。
「久しぶりだね」
聞きたかったことは全て吹き飛んだ。
「!!そんな、兄さん!なぜこんな所に……」
フェルラートは目の前の出来事を受け入れられずにただ呆然とすることしか許されなかった。
太陽王はこのとき初めて現実を見た。
足元には多くの太陽王国の兵士達が力なく転がっている。血を流す聖騎士。意識なき槍兵。
「こんな事に……」
これを全て兄がやったのか。優しい笑みを浮かべた兄はふっと息を吐き、剣に付いた血をはらった。
「どうでも良いじゃないか、フェルラート」
にっこり。口元だけでアルフォンスは笑う。声を上げて笑う事は少ない理由をフェルラートは知らない。
それは影として育てられたから。影には音も感情も余計なものだ。
だからアルフォンスは微笑む。ねぇフェルラート、と懐かしい弟の名を呼んだ。
僅かに弟は震えた。アルフォンスが怖いからなのかもしれない。
「それよりもここは戦場だ、気を抜いたら」
今しがた血をはらったばかりの剣をフェルラートに閃かせる。
フェルラートは背から地面に倒れる。剣はその首筋ぎりぎりに突き立てられた。
その上からアルフォンスが覆いかぶさる。見開かれた目にアルフォンスは優しく微笑んだ。
「死ぬよ?」
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by vrougev | 2007-07-04 22:04 | ラヴァート構想曲

太陽王国、『再会』第二章   始まりの前より   第二節

そんな聖域攻防戦最中、知らせは舞い降りた。
「フェルラート様、ご報告申し上げます!」
一人の太陽王国の兵士がフェルラートの下へと走ってきたのだった。余程の用なのだろう。跪いた男はぜぇぜぇと肩で息をしている。所々から血を流し、今にも倒れそうだった。
「フェルラート殿下の御前だ、弁えなさい」
近衛兵の窘めに男は更に頭を下げようとする。
「いいのです。顔を上げてください。どうしました」
フェルラートは尋ねる。この男にこれ以上要求する必要はない。
男は聖騎士だった。覚えている限りだと聖騎士一団は月公国に最も近い最前線辺りで戦っているはずだ。
「月公国兵軍及び戦闘用魔法少女と我が軍の戦力は互角。双方未だ腹の探りあいが続く状況です」
援軍が必要な状況ではないらしい。まだお互いが腹の探り合いならば下手に軍を出さない方がいいだろう。
戦力をなるべく消耗させたくなかった。出来る事ならば国民に、皆に死んで欲しくはない。
甘ったれた考えなのかもしれないが、見ているのは辛すぎるのだ。
「では、一体何が」
では何故この男は此処に赴いたのだろうか。報告を済ませた男は言いづらそうに視線を彷徨わせる。
その視線はフェルラートを気遣ってのものだという事。何かが起こっているのは確からしい。
それも自身に関係ある事が。
「言いなさい。何が起こっているのです」
男の肩を掴み必死な目をしたフェルラートに男は俯きながら呟いた。
「黒鎧の…あのお方が…月公国軍に……フェルラート殿下をと……」
「あのお方?」
黒い鎧。月公国のエスカティア大公か。この段階で交渉、ではないだろう。
他に黒い鎧と聞き思い浮かぶ人はいなかった。一体、誰だろうか。
俯いたまま男は告げた。黒鎧の剣士の名を。それは予想外の名前だった。
フェルラートの目は見開かれる。
「兄さんが此処に……!」

風が吹く。銀色の髪が靡き、僅かに輝いた。
踏みしめられた地面の上、黒鎧の男は剣を戻す。足元には兵士が転がっており、呻き声が響く。
男の名はアルフォンス。彼は戦場でも微笑を絶やさず立っていた。
「遅いな、フェルラートは……」
遠くを見て待ち人が来ない事にふぅ、とアルフォンスはため息をついた。
「ア…ル……フォ…ンス…皇……子、何…故……」
彼の傍で一人の兵士が呻き意識を手放した。兵士は初老の男。アルフォンスにも見覚えがある男だ。
「ボクはもう皇子じゃないよ。とっくに知っているだろう」
皇子でも影でもない。今の彼はただの『アルフォンス』なのだ。
地平線の近くできらりと光るものが見えた。黄金色のそれは証。彼が待っていたもの。
「やっと来たね」
アルフォンスが浮かべるのは微笑。
誰が予想したであろうか。兄弟が戦場で出会う事を。
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by vrougev | 2007-06-17 22:11 | ラヴァート構想曲

太陽王国、『再会』第二章   始まりの前より   第一節

「この世界に平和をもたらすために!」
「フェルラートが太陽の皇子ねぇ……いいんじゃない?ボクとは別の道を歩むんだからね」


再会は戦場で。
時は戦乱。これは落ちた月の子『ミフィラー』と『聖域』をめぐる太陽王国と月公国の戦争、後に『聖域攻防戦』と呼ばれる戦いの最中の出来事である。
互いに激戦を極める中、太陽の皇子『フェルラート』は自軍の部下達を率いて王でありながらも前線で戦っていた。彼の持つ太陽剣『クレヴァーグ』は武器でありながらも人の生命力を回復する力を持っている。戦場できらりと光る黄金の剣はまるで太陽のように、人々に活力を与えているのだ。
フォルラートは剣を天に翳して叫ぶ。空には二つの太陽。
「私達は聖域を守護する。一人として聖域に足を踏み入れさせる事はしない!」
それが誰であろうとも。若き王は心に誓うのだった。

さて、此処で一つの話をしよう。一人の皇子の話だ。
皇子はまるで夜空に輝く星のような銀色の髪を持って生を授かった。王国で一番初めに生まれた皇子様。彼は王様になるべき人であった。大層可愛がられながら王になるための教育を受けて育つ。
勿論、本人もそうなるのだと思っていた。だから努力した。良い王になれるように、と。
だが、一日にして簡単にその思いは打ち砕かれる事になると誰が知っていただろうか。
皇子に弟が生まれた。異母兄弟の弟。皇子が生まれたときと同様、第二子の誕生に国中が騒いだ。
だが、それはその日の内に驚きへと変わる。昼があれば夜があるという当たり前の出来事が覆されたのだ。
弟皇子が生まれた時、夜にもかかわらず昼間のように太陽はさんさんと光を降り注いでいた。
太陽王国と言う異名を持つ国での出来事である。国中がその出来事に反応した。一番反応したのはこの国の政治に関わりを持つ『真教』と言う宗教集団。弟皇子こそが本当の王位継承者なのだ、と主張して聞かなかった。宗教国家であるこの国で『真教』はあまりにも大きな権力を握りすぎていたのだ。
王族達に反論する術はなくして決定は下される。あまりにも突然。
「第一子より王位継承権を剥奪。第二子フェルラートを正式な王位継承者とする」
その意味を理解できない程、皇子は子供ではなかった。決められた事は絶対。
皇子様が皇子様でありながら皇子様ではなくなった瞬間だった。

そうそれはずっと昔の話である。一人の皇子の話。彼の名はアルフォンスと言った。
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by vrougev | 2007-05-15 23:48 | ラヴァート構想曲