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八話   無垢なる形代   10

女は素早かった。息切れることもなく。ずっと笑って。不気味な笑いだ。
ロジェの刃を見切っているかのようで、掠りもしない。その姿は捉えているのに。
「・・ちっ!!」
思わず舌打ち。女だからって侮っていたわけではない。ロジェはどんなときにでも剣を抜けば本気で闘うものだ。
「貴方は・・どうやったら壊れるの・・?」
「知るか」
追撃が止むことはない。護りに徹すれば徹するほど相手の攻撃は激しくなっていく。
「利き腕・・?それとも足・・?」
声が聞こえた途端、風が吹いた。ロジェはその一閃を間一髪で左に避ける。体制を立て直し立ち上がったとき、その身体に激痛が走った。思わず膝をついたロジェにあははと女は笑う。ロジェが痛がっているのを楽しんでいる。
「痛い・・?痛いよね・・。紅い液体が流れているもの・・」
見るとロジェの右腕と左の太腿にざっくりとした切り傷。そこから溢れ出る泉のように血が流れ滴っている。ぬるりとした感触にまたも出るのは舌打ちだった。傷は抉る様に付けられている。思ったよりも深い。
「綺麗・・よね・・紅い・・生命の源・・羨ま・・しい」
飛び散ったのだろうか。彼女の頬に付いていたロジェの紅を丁寧に拭い、女は舐めた。とても嬉しそうな顔で、嬉々とした表情で。闇にぼぅっと浮かび上がる女は妖艶で美しい。傷を庇うロジェに一つの疑問が浮かんだ。この女・・・。
「お前、魔法使いか?」
動きといい、素早さといい。いや、それ以前に。何故この闇の中ロジェがその姿を確認できるのか。闇から切り取られたようにその女だけが発光して見える。いや、それだけではない。この暗闇の中、どうやってこうも簡単に狙撃されるのか。ちゃんと避けたにも関わらず傷は付いていた。どんな武器なら可能だろうか。遠距離を確立出来る弓のようなモノ。
いや、それだとその前までの追撃に違和感が残る。ナイフ投げなどと言う柔なものでもない。もしそうだったら刃が近くに落ちているはずだが、月夜に輝く金属は見当たらない。斬り合いも出来て、遠くも狙えて。そんな都合のいい武器があるわけがない。
魔法でもよほどの術者じゃないとそんなことは不可能であろう。一般的魔術師が習える魔法の中で詠唱なく出来る呪文というのは限られているとフィーリから聞いたことがある。
少なくとも、この女からどこぞの魔術集団だったり、フィーリのような独特の雰囲気は感じられない。となると、残りは一つ。
「・・魔法使い・・?私・・が?」
「いや、違うな。お前は魔術師なんかじゃない」
何処までも平坦な女。笑っていながら笑っておらず。楽しんでいながら楽しんでおらず。
無機質な声音の女。血に異常なまでの反応を見せた女。
「お前、人じゃないだろう」
ロジェの言葉に女は上辺だけでにっこりと微笑んだ。其の目の色を変えることはせずに。

by vrougev | 2006-10-19 20:47 | きらきら☆まじしゃん【休止中】