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八話   無垢なる形代   19

深夜に近い時間、飛鳥に一本の連絡が入った。それは彼の元についたカセドラルからのものである。内容など分かっている。彼はただ一言だけ答えた。
「分かった。此方も直ぐに動き出す」
輝きを失った通信珠をことりと机に置く。飛鳥の口元には不謹慎にも笑み。
「早まらなきゃいいんだがな」

同刻、フィーリは眠れぬ夜を過ごしていた。何故かと問われれば昨日から昼夜問わず気を張っているからだ。勿論それは今も続いている。横は安らかな寝息を立てていた。その顔を冷ややかにみたフィーリは再びベッドに突っ伏す。
眠れない、いや眠る事が出来ない夜ほど長いものはない。フィーリはごろりと寝返りを打った。自らの長い髪の毛が目の前に下りて来てカーテンのように視界を遮る。
心にあるのは満たされた思いではなく、空虚。そして、不安。
耐え切れなくなって寝返りを打ったがいいものの何も変わらない。ふぅ、とらしくないため息を漏らしたフィーリはベッド脇にあるサイドライトを付け、傍にあった地図を引き寄せた。この街の地図である。この街は傾斜が多い。山を切り崩して作った国であり街だった。傾斜が多いとはいってもなだらかなものだし、人は便利さの加減から低斜面に住んでいる。この宿もそうであるが、低い位置に市街地は立ち並んでいる。高めの所は街、と称するよりも森、といったほうがよさそうだった。見渡す限りの針葉樹は何処までも続いていたのだから。何気なく地図を見ていたフィーリはあることに気がついた。
「あれ?こんな所に家なんてなかったんだけどなー」
それはまさしく針葉樹林の中。端から端まで見て回ったはずだったのだがどうやら見落としが在ったらしい。後で行ってみなきゃと思い、再びベッドへ伏せる。
眠れない。否、眠る事が出来ないのだ。フィーリにとってこの夜は長い拷問以外何物でもない。長時間眠らなければ人はどうなるのだろうか。
「きっと発狂し始めるんだろうなぁ・・」
それ以外に何があるというのだ。人間は脆い。外見だけ強く見えても中は軟弱なのだ。
自分は壊れるのだろうか。もしその時が来なければ、フィーリは狂い始めるのだろうか。
ぼんやりと狂う自分を想像して・・止めた。嫌なものなど想像しても何も面白くない。
「・・・フィ・・・リ・・・」
何処かでフィーリを呼ぶ声がした。隣かと振り返るが、どうやら違うようである。
枕元のに立てかけてある杖が僅かに発光している事に気がついた。光具合からして、フィーリへ宛てた通信ではない。恐らく誰かが飛鳥に当てたものであろう。魔力がフィーリにも飛び火しているのか、雑音と共に小さな声が遠くから響いている。もう一度聞こえるだろうか。そっと耳を澄ましたフィーリは次に聞こえる声に驚愕する。
「・・・・フ・・・リ・・?」
聞き間違えなどではない。その声は確かに。フィーリは杖を掴み、夢中で叫んだ。
「ロー君!!!!」
フィーリの背中越しのベッドで、むくりと起き上がった存在に気がつかず、フィーリは叫ぶのだ。その表情は必死である。
「ロー君でしょっ!!何処にいるの!?!?ロー君?ロー君!!」
「・・・フィーリ、どうした」
後ろから声掛けられ、フィーリはその人物をきっと睨んだ。後ろから抱きとめようとしたロジェをフィーリはひらりと交わし、尚も睨み続ける。不思議そうな表情を浮かべた男は対照的に微笑んでいた。
「どうしたんだ。俺は此処にいる」
「もうおままごとはお終いだよ。だから包丁だって要らないんだ」
男は右手に光る刃を持っていた。抜き身のそれは血に飢えるようにぎらりと光る。男はあぁ、と手に持ったそれを愛おしそうに眺める。それは先程までフィーリに向けられていた視線と同じ。ロジェは、いや違う。ロジェを模したものは口が裂けそうなまでの笑みを浮かべ、笑う。狂気。狂っている。フィーリはそれを静かに見ていた。自分でも驚くほど冷静だった。そして、次に生まれる感情は。
「ねぇ」
笑いの中フィーリは静かに言う。右手に杖、左手には鞄を持って。
「もういいよ」
手の内でくるりと杖を回した。ぴたり、と先を男に向けて。
「じゃあね?」
次の瞬間、宿屋の一室は炎に見舞われた。鮮やかな紅は激しく立ち上ったのだ。

「うぉっ!!フィーリすっげー!!」
火災に見舞われている宿屋の隣室では夕京が声をあげ、飛鳥が不敵に笑っていた。
「言わんこっちゃない・・ってところか。夕京、消してこい」
「あいよっ!!」
このために連れてきた夕京だったが、まさか怒るとはな。
飛鳥は誰もいなくなった部屋でくくくと笑い、通信珠を手に取った。
「俺だ。こっちは動き出した」

by vrougev | 2006-11-28 19:06 | きらきら☆まじしゃん【休止中】