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コイ、焦がれる先に   4

「フィーリ!」
「うんっ♪」
頷いたフィーリはぶつぶつと小声で何かを唱えた後杖を振るうと風は今までが嘘のようにぴたりと止む。
造作なく簡単に魔術を使うくせに何故普段は使わないのかとロジェはいつも思う。
「怪我はないか」
「大丈夫っ♪それより魔物が何処にいるか・・」
きょろきょろとフィーリは辺りを見回す。ロジェも釣られて見るもののそれらしき影は何処にもない。
「・・・本当にいるのか?」
ふと、そんな言葉が漏れた。魔物なんて本当はいないんじゃないだろうか。
「ふっふっふっふっふっ・・・貴様等がそこまで言うのなら姿を見せてやろうじゃないか」
何処からか聞こえた知らぬ声。重低音と言うには些か明るい声男の声音。
「君が村を困らせている魔物なんだね!」
声を上げるフィーリを背にしてロジェは身構える。緊迫した空気が流れた。
「いかにも、俺がその魔物。このカープ様の姿を見るがいいっ!!」
ごおぉっ!!と凄まじいほどの竜巻が二人の前に現われた。木の葉をも巻き込み散らしていく。
ごくり、と息を呑む。風が消えた。
現われた姿は・・・黒い鯉のぼり。人の身程の高さのソレはヒレを腰に当て、ふんぞり返っている。
「どうだ、恐れ入ったかっ!!怯えろ、泣き叫べっ!!」
ロジェは静かに刀を腰に戻した。深く息を吐く。フィーリはそんなロジェの腕に捕まり、ぎゅっと握った。
「悪い、フィーリ。俺の見立て違いだった」
「いいってっ♪さ、帰って美味しいもの食べようっ♪」
そしてくるりと踵を返し、森の出口へと歩を向けた。
「・・何か好きなもの作ってやる」
「わぁっ♪ホント!?嬉しいなぁっ♪ロー君の作ったもの皆美味しいから迷っちゃうよ♪」
そのまますたすたと森の外へ向かうロジェとフィーリに鯉のぼり、もといカープは取り乱した声を出した。
その様子は先程までの声音とは違う。威厳も何もを全て取り払ってしまったかのような情けない声である。
「ちょっと待てぇぇ!?貴様等俺を退治しに来たんじゃなかったのか!?」
歩を止めたフィーリは振り返って笑う。それは取り繕うかのような笑み。
「あ・・うん。そのつもりだったんだけど、倒さなくても平気かなーって」
「何でっ!?」
言葉に詰まる。だって無害じゃん、と流石に言えなかった。
寸前まで気配がなかったのはその力が弱いせいで逆に察知できなかったため。
カマイタチも当ってかすり傷をつけられるかどうかが怪しいほどの威力しかなかったのである。
言葉が見つからず視線を彷徨わせるフィーリに代わりロジェが訊ねた。
「倒されたいのか、お前は」
「んな訳ないだろっ!!」
素早い見事な突込みだ。
「じゃあ、どうしたいんだ。村人を怯えさせて森に近づけなくさせる理由が分からん」
怒っているのか尾をびちびちと跳ねさせていたのを止め、少ししょげたようにの字型に揺らし始めた。
「だってよぉ・・俺、やっと自我を持ったんだぞ。モノが意思持ったんだぜ。すごくね?」
「君、本体からして鯉のぼりなの!?擬態しているわけでなく!?」
フィーリの驚いた顔に誇らしげにカープは自らの胸をヒレで叩いた。訳がわからず首を傾げたロジェに素早くフィーリが解説を入れる。モノというのは長い年月大切に使っているとモノ自体に自我が生まれることがあるらしい。最もそれはとても稀な現象だという事だった。
「おぅ、こちとら百年ばかり空を舞った鯉のぼりだ!!戦禍も改革時代も生き抜いたんだぞ!!」
「・・で、由緒正しそうな鯉のぼりが何でこんな所にいるんだ」
「そうな、じゃねぇっ!!由緒正しいんだ、俺はっ!!なのにあいつ等、自我が生まれた俺を捨てやがった。古いから役代わりだと!?俺はまだまだ現役だっつのっ!!」
悲しんだり、誇ったり、怒ったりとカープの表情はころころ変わる。
「だっかっらっ、俺は此処にいるのっ!!此処にいればあいつ等はあの葉っぱを取りにこれないだろっ!!アレは大切な葉だからなっ!!アレがなきゃ祭りなんてできねーだろ!へーんだ!!」
そう言ってヒレ差す先にはたくさんの柏の木が緑豊かな葉を生い茂らせていた。アレが柏の木。
黙って話を聞いていたフィーリが不思議そうに呟いた。独り言の様でもあり、言い聞かせる様でもあり。
「でもそうすると君は恩を仇で返しているよね。いいの?」
その言葉にびくっとカープが体を震わせたのにフィーリは気がつかない。尚も言葉を紡ぐ。
「それがどれだけ大切だって事も知っているはずなのにどうして?」
「五月蝿ぇっ!!」
その叫びに怯む事無くフィーリは真っ直ぐカープを見てにっこりと笑った。
「本当は恨んでなんてないんでしょ。寂しいだけなんじゃないかな」
「だろうな」
本当に恨んだり嫌ったりしているならば此処まで口に出したり、眼に見えるように嫌がらせたりはしないだろう。自ら避ける事をせずに執拗に構うという事はまだ彼等と一緒にいたいという思いの表れ。
「ねぇ、カープ。僕は魔法使いなんだ。魔法使いには二つ名がある」
話の移り変わりについていけず、ぽかんとした様子のカープにフィーリは指を二本立てて言った。
「僕の二つ名は“流浪の鳥”。そしてもう一つ」

幸せを運ぶ魔術師、きらきら☆まじしゃん。

by vrougev | 2007-05-05 18:39 | キセツモノ