人気ブログランキング | 話題のタグを見る

月公国、『旧友』第三章   変わらないモノと変わったモノ   第三節

かつっ。
僅かな物音をたて、ヴォル・アグニは侵入に成功した。辺りを見回し、懐かしさに目を細める。
月公国城内は俺が居たころと変わっていないのか。
アンナローゼの手が及んでいない事を確認し、ヴォル・アグニは歩を進める。城の灯りの多くは蝋燭で灯されており薄暗い。深夜であるため警備も手薄なのか、廊下を歩く兵はいない。
このまま誰にも会わないで辿り着ければいいのだが。そう思い、自嘲した。
この嘘つきが。
本当は会って全てを話したい。だが、会う事は叶わないであろう。
「アイギナ…」
ヴォル・アグニは孤独にこの城内に居るであろう友の名を呟いた。

やっぱり今日の私は疲れている。
一人帰路を歩んでいたアイギナはふと振り返った。廊下には彼女以外誰もおらず、静まり返っている。
「空耳…ね」
名を、呼ばれた気がしたのだ。気のせいだと気が付きアイギナは苦笑する。
一体誰に名前を呼ばれる事を望んでいたのやら。どうしてだろう、今日はやたらと感傷に浸る日だ。
もしかしたらこの時点で予感をしていたのかもしれない。彼がこの城に、帰ってきているという。

だが、それは望んでいた形とは程遠い再会だった。

静寂とは突然破られるものである。それは突然鳴り響いた。
「警報!?」
夜分に警報が鳴るという事は何かに異変があったと言う事。緊急事態である。
此処最近静かであった近隣国の奇襲か。新たな国家からの圧力か。それとも……。
幾つかの可能性を考えながらアイギナは急ぎ足で元来た道を戻る。急いで状況を把握し、場合によってはディカール様に報告、自軍を指揮しなければいけない。
「アイギナ副隊長!」
途中で出会った女聖騎士に呼び止められ、アイギナは立ち止まる。彼女はぐったりと意識の無い兵士の肩を抱きかかえていた。城内で何かあったようである。アイギナは尋ねた。
「何があったのです」
「侵入者です。数は一人ですが、見回りのものが次々と倒されて…」
「場所は?」
単独の侵入者。それは敵軍から目を離すための囮か、それともエスカティア様に向けられた暗殺者か。
多くの兵が倒されていると言う事はかなりの腕の立つもののようである。
「東区域の三階です」
「では、私が向かいます。貴方は彼女を運んだ後、この騒ぎを広めないよう皆に伝えなさい」
副隊長として、これ以上負傷者を増やすわけにはいかない。
「アイギナ副隊長、危険です!!侵入者は…人間ではないのですよ」
獣化病患者か。いや、誰であろうとかまわない。
「私よりもエスカティア様を第一に考えなさい」
止めようとする聖騎士に一言告げ、アイギナは駆け出す。エスカティア様を危険に晒すわけにはいかない。
元近衛兵、そして副隊長としての勤めを少しでも果たさなくては。
急ぎ足、から駆け足へ。両手に大鎌。次第に道には倒れる兵士が多くなる。傷こそ負っているものの見る限り死人はいない。赤い火傷痕。敵は魔術師だろうか。
どさり。
曲がり角の向こうで何かが落ちる音とうめき声。動く気配は一人。あと少しで、辿り着く。
「エスカティア様の城内を荒らすものは誰だ!」
侵入者は人だった。いや、異端な人であったと称したほうが正しいかもしれない。その右腕は灼熱色をしていた。魔物の腕か、それとも魔人の腕か。きっと兵士達はこれを見て「人ではない」と言ったのだろう。
アイギナの声に侵入者はゆっくりと振り返った。
鋭い眼差し。
いつも眉間にしわ寄せるのは彼の癖だった。そんな難しい顔ばかりしているとせっかく整った顔が台無しだよ、と会う度にアイギナは言うのだ。
薄金の髪。
綺麗と褒めると彼は嫌がる。その表情が面白くて、わざと言っていた。
全ては消えてしまったのだ。ある日を境に忽然と。そして…二度と戻ってこないはずだったのに。
まさか。
アイギナは叫んだ。
「そんな!ピアースなの!」

by vrougev | 2007-12-31 13:55 | ラヴァート構想曲