番外編   澪標の理由

剣士と魔術師が繰り広げる目的在る当て無き旅物語の些細な断片より


今となっては昔、独りぼっちの魔術師は独りを好む剣士に云った
「僕と一緒に行かない?」
鳥と呼ばれる魔術師と狼と呼ばれた剣士の出会い
此れこそが全ての始まり、ハジマリ
そして現在に至るのであるが―――――


「ねー、ロー君。こんなにいい天気なんだしさ、少し休んでいかない?」
事は常に上機嫌である魔術師の我侭から始まる。今も、そしてあの時も。
物語はいつも此処から。
「いい天気の時こそ進むべきだと思わないのか、お前は」
少し常識から外れた発言に意見するのは剣士の役目である。
相方の我侭に呆れた声で答えた。
「いいじゃないかぁ♪急ぐ旅でもないんだし、ねっ♪」
確かに先を急ぐ必要はない。だが、だからといって休む必要も無いのであるが。
二人の頭上で、太陽は今日も休むことなく世界に光を供給している。雲ひとつ無い良い天気だ。
「じゃあ、昼間休んで夜に動こう♪
 夕方ぐらいから歩き始めれば深夜になる前に街に着くでしょっ♪」
「却下。第一、晴れているからといって夜も晴れると言う可能性は…」
剣士の言葉は最後まで紡がれる事は無かった。皆まで聞かず魔術師は走り出す。
「丁度大きな落葉樹があるし、あそこで休もうっ♪」
手を振り剣士を招く魔術師。調子に乗ってはしゃぐ彼を止められる訳も無く。
こうなったら仕方無い。
残された剣士は過去より癖となってしまった溜息を付いた。
男は招かれるままに足を踏み出す。
丘にそびえる巨樹は立派だった。年輪を数えるまでも無い。
齢百年…いや、もっと年経ているだろう。
木陰を作るには十分過ぎる若葉をそよ風に靡かせる。
身体を揺らし、枝を揺らし、二人を歓迎する。堂々とした風格溢れる木の下での小休止。
「えへへー♪こんなの久々だねっ♪」
「……約束通り日が暮れた出発するからな。それまで十分休め」
普段と違う。けれど変わらない。何も無い、至極普通である平穏な午後。


幾ら傍に人がいるとはいえ、無防備過ぎるんじゃないのか。

剣士、ロジェ=ミラ=クレセントは共に旅する魔術師を見て再び溜息を付いた。
真っ直ぐで艶やかな髪に華奢な体躯、透き通るような白肌。
女性と偽ってもおかしくない容姿の魔術師は草原で大の字を描いて寝ていた。
魔術師の名前はフィーリ=メ=ルーン。魔術師としての名を“流浪の鳥”と名乗るこの男。
ロジェ同様、木にもたれ掛かっていたはずなのだが、少し目を離したらコレだ。
本人曰く「可愛いから」という理由だけで穿いているスカートの裾は乱れ、僅かに捲れたシャツからは風が吹く度に肌が見え隠れしている。此れが男だというのだから世の中は恐ろしいと改めて思う。
今は一年の中でも過ごし易い季節だと言われているが、それでもこの格好はどうだろうか。
「おい、フィーリ。風邪を引くぞ」
ロジェが声を掛け、揺するも起きる気配は見られない。
元々寝相の良くない奴だ。起きる訳が無い。
寝顔は穏やかに微笑んでいる。察するにきっといい夢を見ているのだろう。
起こすのも悪い気がした。
「全く…」
仕方の無い奴だ、と続けようとしてロジェは木上から投げられる視線に気付く。
視線に敵意はない。
見上げると其処には鳥が一羽。真夏の空に浮かぶ雲のように真っ白な鳥だ。
詳しくないため名前までは分からないが、群集する種の鳥だったとロジェは記憶している。
群れとはぐれたのか。
視線が合うも鳥は飛び立たない。視線を逸らすことなくロジェを見つめ続けている。ロジェは鞄から乾パンの欠片を取り出し、細かく砕き、手に乗せた。此れ位の大きさなら大丈夫だろうか。
「食べたいなら来い」
意味が通じたとは思えない。
だが、まるでロジェの声に答えるかのように鳥はロジェの手へ止まった。
元々人懐こい鳥なのだろう。警戒する様子もなくそのまま小さな嘴で乾パンを啄ばみ始めた。
「一羽だけだと寂しいだろう」
一声。高い音の短い鳴き声だけが草原に木霊する。
肯定なのか否定なのか。ロジェには分からない。
「食べたら早く仲間のところに戻るんだ、いいな」
ロジェは鳥にそう言い聞かせる。そしてふと、魔術師に目をやった。
流浪の鳥は存在していた。いや、今も存在はしている。
其の名を持つ魔術師は此処にいるのだから。
昔の話だ。そう、路地裏で見つけたのである。そして俺は其の手を取らずにはいられなかった。
一体どうして。愚問としか呼べない心中の問いにロジェは一人微笑む。
そんなもの、決まっている。


幾ら僕がいるからってどうかと思うんだけどな。

目を覚ました魔術師、フィーリ=メ=ルーンは共に旅する剣士を見て苦笑した。
時は既に夕刻。日の姿はもうほとんど無く、空は茜色から夜色に染まろうとしている。
夜色の闇と同化するかのように全身黒尽くめの男が此処に一人。
黒い髪、黒い服、そして黒い太刀。
剣士の名はロジェ=ミラ=クレセントと言う。通称“ロー君”。命名は勿論フィーリである。と同時にこの呼び名で呼ぶ者もフィーリの他にいない。初めこそ本人もこの呼び名を嫌がったが、今では何も言わずただ溜息を付くだけだ。こう言うのを「時が解決してくれた」と言うのだろう。
だって、せっかくなら呼び名は可愛いほうがいいし、ね♪
剣士は幹に身体を預け、静かに目を閉じていた。時折吹く夕風で黒髪が揺れるも、それ以外はぴくりと動く気配も無い。腕中に愛用の黒太刀を抱きしめ、利き手でその柄を握っている。どんな時でも警戒を忘れない。
彼故の、恐らく無意識の行動だ。そんな男だから目を閉じているだけなのかと思った。
「ロー君っ♪ごめんね、寝すぎちゃった♪」
動かない。
「上着まで掛けてもらっちゃって…、寒かったでしょ?代わりに今から僕が暖めるからー♪」
そう言ってフィーリはいつものように剣士に擦り寄るも矢張り、動かない。
もし起きているのならば此処で「五月蝿い」なり「やめろ」なりの声が飛ぶはずなのだが。
「ロー…くぅん?」
小さな寝息。珍しい、ロー君が寝ているなんて。あ、夜とかは普通に寝るけど、そうじゃなくて。
恐る恐る寝顔を覗くも想像通り無表情。元々仏頂面な人は寝顔も仏頂面らしい。
少し残念、なんて。
「全く…もうっ!これじゃあロー君が風邪引いちゃうじゃないかぁ…!」
寝ていたフィーリに掛けられた彼の上着。自らが寝るにもまだ肌寒いはずなのに使いもせず。
自分のことを気にせず真っ先に他人を気遣い守る剣士にフィーリは苦笑する。
「いつでも僕ばっかり気にするんだよ。…ねぇ、君は可笑しいと思わない?」
誰に話しかけるわけでも無くフィーリは言う。いや、正確には話しかけていた。
草原の影に一匹の獣。
身を潜めながら此方を窺う狼の姿にフィーリは微笑む。狼の鋭い眼光に怯える様子は無い。
なぜなら。
「羨ましいかい?変われた存在が」
燻銀の孤狼は確かに存在していた。だが、今はもう存在しない通り名。
狼は騎士になったのだから。
昔の話だ。そう、路地裏で見つけたのである。そして僕は近寄らずにはいられなかった。
一体どうして。愚問としか呼べない心中の問いにフィーリは一人微笑む。
そんなもの、決まっている。


夜、ロジェとフィーリは歩き出す。ロジェは先導を取り星見、フィーリは後方から灯りで照らす。
日は既に没した後の世界、辺りすっかり夜色に包まれてしまっている。光と呼べるものは空に浮かぶ少し欠けた月と数多の星々の微々たる光、そしてフィーリの魔術によって光る杖のみだ。幸いな事に今晩は晴天のため星がはっきりとぼやけることなく見える。これなら方角を違える事もなさそうだ。
「ロー君はさ、僕と旅していて楽しい?」
星と星見盤を照らし合わせていたロジェに突然、奇怪な質問は降りかかる。
「……一体どうしたんだ」
「ん、少し思っただけだよ♪」
フィーリの弾んだ声にロジェは影で溜息を付く。上機嫌な声。
だが常日頃から聞いていれば分かる。
普段の其れより幾分か押し殺した其の声は紛れも無く、作り声だと。
「安心しろ」
一体何に対して「安心しろ」なのか。本人すら分からない。けれど、安心させなければと思った。
「楽しくない訳ではない」
苦労が多すぎるだけ。けれどそれも既に慣れた事。ならば残るのは、考えるまでも無い。
急にロジェの背中にどん、と衝撃が走る。暗闇故、身構えたものの衝撃はよく知ったものだ。
「フィーリ、突然抱きつくな。止めろ、邪魔だ、離れろ」
首に回される腕を払いのける。フィーリの表情は見えない。だが、きっと笑っているのだろう。
「だってぇー♪ロー君の背中は抱きつきやすいんだよぅ♪」
上機嫌な、いつもの声。
はぁ、とロジェは本日四度目の深い溜息を付く。いや、四度で済むならマシな方だろう。
首から離れたフィーリは定位置と化しているロジェの腕へと手を伸ばし、抱きしめる。
「ねぇ、ロー君。ずっと一緒だよ♪」
存在を確かめるかのようにぎゅっと強く腕を抱くフィーリにロジェは五度目の溜息と共に返す。
「……はいはい」


一体どうして。愚問としか呼べない心中の問いに彼らはこう返答するだろう
魔術師は楽しく笑いながら。剣士は淡々と無表情に
そんなもの、決まっている
其の存在は心から欲していたモノを持ち、必要なモノが欠けていた
ただ、それだけ。しかし、それ故に惹かれたのだ、と
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by vrougev | 2008-12-25 20:03 | きらきら☆まじしゃん【休止中】